ある工学者の報告書 – 3枚目

 
そうあるべき時刻にJ-003もK-001も姿を現さなかった。
そこでようやく2体の失踪が分かるほど、彼らはうまくやった。
通常は行動を制限されているJ-001のサーチによって、ローカルネットワークに接続している2体がダミープログラムであることが判明し、それから捜索が開始された。
「後手後手に回っておるなァ」
ジョセフ・ジョースターがつぶやく。
「先手を取らん限りは、あの2人が見つかるはずもないよ」

 

その2人がどうしていたかというと、手を繋いで歩いていた。
電子証明書を偽装して貨物バスに荷物として乗り込み、無人タクシーはメーターをちょろまかした。
街角の電気ステーションで充電をした。
大量の電気を吸い込むと居場所が分かってしまうので、一般のオートサイクルレベルで、ただし頻繁に、だ。
バッテリーには優しくないが仕方がない。
そんなことをして郊外に出、今は田舎道をてくてく歩いている。
首筋や胸の辺りの外部接続用端子は衣服で隠して、承太郎のレンズっぽい瞳は目深帽子で暗くして。
そうして人間の恋人みたいに振舞って、手を繋いで歩いている。
実際、彼らは逆探知を恐れてインターネットとも接続を切り、自らの視覚・聴覚・触覚情報から『学習』をしていた。
今の彼らは、『ロボットらしくない』という意味では『人間らし』かった。

 

逃避行をこの1日で終わらせるつもりのなかった2人は、夜を過ごす場所を決めることにした。
気温が高いより低い方が移動には適しているのだが、視覚情報がほとんど得られないのは良くない。
ライトをつけたり赤外線センサを起動させるとエネルギーを大幅に食う、というわけで夜は移動を止めることにしたのだ。
少なくとも研究所を抜け出した時点では全く考えていなかった、「これから」についても考えなければならない。
都会から離れすぎると、金銭をデータで扱うことが難しくなり、都合が悪い。
「罪悪感」というものは2人とも元々持っていないが、けれどあまり長らく誤魔化すことはできないだろう。
メンテナンスをする(してくれる人間を見つける)必要もある。

 

そんなことをぽつりぽつり話しながら歩いていると、畑ばかりの土地に一軒の家が見えてきた。
小さな家で、暖かい光が漏れている。
いや『暖かい』光ではない、『オレンジがかった色をしていて、白色光とは違うスペクトルをもつ』光だ。
その家の扉を叩くか否かは、承太郎の計算では五分五分だった。
花京院は彼の判断に従うつもりでいたが、承太郎にその旨は伝えていなかった。
そこで承太郎が花京院の意見を仰ごうとしたとき、件の扉が内側から開いて男が顔を出した。
「わ!…なんだ、なんだどうしたお前ら、荷物も持たずに」
研究者たちにも理由が説明できないのに、一般人に対してどうしてこんなところにいるのか、説明できるはずもない。
ついリアクションが出力できず、手を繋いだまま立ち尽くしてしまった2人に、男は「まあ、とりあえず入れよ」と入室の許可を与えた。

 

「世の中には話せないこともたくさんあるだろうがな。名前くらいはいいだろ。俺はポルナレフという」
「僕の名は花京院だ」
ポルナレフが名乗ってすぐ返答し、花京院は承太郎に小さく「君も名乗るべきだ」と囁いた。
承太郎は「あなたの名前は何ですか」という質問でなければ反応ができない。
一拍遅れて承太郎が「俺は承太郎だ」と名乗る。
ポルナレフは何か他の事に気を取られているようで、承太郎の様子を不審には思わなかったようだ。
「なあお前ら、ここに来る途中に誰か見かけなかったか?」
と尋ねてきた。
会話ならば花京院の得意とするところである。
誰か、というのが特定の人物を示していることに気付き、
「誰かって、どんな人ですか?」
逆に質問を振る。
「こう、大柄な男でよ…エジプト人で、この辺じゃまず見ない服装してるから一発で分かると思うんだがな」
ポルナレフから得られる情報を検索するまでもなく、この家に向かっているだろうと思われる人物は一人もいなかった。
そういった人物は見かけなかったことを伝えると、ポルナレフは目に見えて落胆した。
「おっかしいなあ、何やってんだろうなあいつ。もうとっくに着いてもいい頃なのに」
話の流れから、その条件に合う人物が既に過ぎた時刻にこの家を訪ねる予定であったらしい、と推論した花京院は、そのことを承太郎が把握していないといけないと思い、
「どなたか来る予定だったんですか?」
と話題を振った。
「ああ、昔の仕事仲間でな。なんか良くないことに巻き込まれてなきゃいいが」
承太郎は心配そうに眉をひそめるポルナレフのために、公共機関の監視システムでもサーチしようかと思って、自分がネットを切断しているのを思い出して止めた。
ヒトの役に立てないのがあまり苦痛でないのは、優先順位が変わっているからだ。
今のトップは花京院であるのだ。

 

「まあ、あいつなら自分で何とかするだろうが……お前ら、これからどうすんだ」
「どうする、って…僕たちが何者か聞かないんですか」
「何も持たないで手ェ繋いで、とぼとぼ歩いてりゃ大体予想つくぜ。警察から逃げてるにしちゃ警戒心がない。大方結婚反対されて駆け落ちしてきたってとこだろ。…俺の予想じゃ、同性同士の人工授精ベイビーの法律が通るのは、少なくともまだ10年は先だぜ。親御さん心配させたくねえんなら帰ってやりな」
「親……」
そう言われて思いつくのはジョセフ・ジョースターだ。
だが彼は僕らのことをどう思っているのだろう?
気にかけてはいるのだろう、金も時間も手間も、おそらく愛着もかけてもらっている。
心配となるとどうだろうな、と花京院が考え込んでいると、ポルナレフが努めて明るい声で呼びかけた。
「ま、1日くらいなら泊めてやってもいいぜ。頭冷やしてちゃんと考えろよ。夕飯は食べてきたか?」
「…食べてきた。あっ、もし明日の朝食のことを気にかけているのなら、僕らはいらない」
「いらないったって、」
「結構だ。お言葉に甘えさえてもらう、泊めてくれてありがとう。承太郎」
「……ありがとう」
ちらり、とポルナレフの目が光る。
この人物を判断するには情報が少なすぎるが、ただの単純なお人よしではないようだ、と花京院は思った。

 

家主に宛がわれた部屋に向かう。
既に毛布が準備されているのは、例の仕事仲間というエジプト人のためだろう。
部屋のコンセントから、少量の電気を補充する。
スリープモードに入る前にその後の振る舞いを決定しておこう、と承太郎が花京院を振り向いた。
彼は簡素なベッドの上に座り、衣類を脱ぎ去っていた。