お犬さまと一緒 (10)仲直りをしました

 
憔悴しきった僕は、憔悴しきった承太郎を連れて家に帰ってきた。
僕ら二人ともへろへろだったけれど、不思議と気分は良かった。
いや何も不思議なことじゃない、何せ承太郎が隣に居るんだから。

 

いきなり自分たちの栄養失調を自覚した僕が粥を作っていると、承太郎が隣に立って林檎を剥き始めた。
なんかもうそれだけで幸せ感じちゃって、承太郎の胸に頭をぐいぐい押し付けてそれを示すと、彼は指を僕の髪に絡ませて頭を撫でた。
いつもと逆だ、でもこれも悪くない。
それでまあ、お互い「酷い顔だぜ」だの何だの言い合って病人食を食べて、馬鹿みたいにテンション上げて笑い合って、
それはもう思い切り発情していたのだけれど無理やり体を押さえ込んでベッドに転がり込んだ。
昨日まで冷たくて硬かった寝台は、信じられないほど暖かくて柔らかくて、興奮しているはずの僕はすぐに眠りこけてしまった。

 
 
 

次の朝、僕は会社へ病欠の電話を入れた。
寝起きだったからか、随分弱々しい声が出て、僕の要望はあっさり受理された。
「最近体調悪そうだったもんな」とすら言われた、そんなひどい顔をしていたようだ。
そこで僕はようやく―――数日振りだから本当にようやくだ―――自分にへばりついてくる聞き分けの無い愛犬を躾ける、または可愛がる作業に戻れたというわけだ。

 

電話を置いて振り向くと、ベッドの上には大型犬。
無表情で座り込んでいるが、尻尾がすごい勢いで振れている。
……自覚は無いんだろうか。
「………とりあえず人の形になろうか」
承太郎がすいと首を上げると、その輪郭がぶれるように一瞬覚束なくなり、瞬きする間もなく人間の大男が現れた。
犬の姿の時は前足をついて所謂「お座り」をしていたのだが、人の姿になった時は四つんばいではなくベッドに腰掛けて座っていた。
「骨や皮が変化するんじゃあないんだな」
「ああ、俺にも詳しくは分からないが、もっと精神的なものらしい」
「ふゥん」
「でもねえ承太郎」
と照れながら僕は笑う。
真面目に照れたりするのだ、僕だって。
「君が人だろうが犬だろうが、それとも全く別の生き物だろうが。実のところ僕にはそんなに関係ないんだよ」
頬にくちづけすると身じろぎする。
いつだって真顔に見えるから気付きにくいが、この男も案外よく照れるのだ。
「僕が好きなのは君であって、君が君でありさえすればいいんだよ」
たとえ世界がまた一巡して、君が、あるいは僕が、鳥やらトカゲやらになったとしても、君は僕を見つけてくれるんだろうし、僕は君を好きになるんだろう。
それともきっと、世界が巡る前、鱗の生えた僕は、角の生えた君を愛してきたんだろう。
だからってわけじゃあないけれど。
今の僕は今の君が好きなのだ。
きっとこれからも。
ペットと呼ぶにはわがままで、恋人と呼ぶには従順な、いってみれば「お犬様」のような彼と、ずっと一緒。