お犬さまと一緒 (9)お話を聞きました

 
「…承太郎」
「花京院……どうしてここが」
酷いクマに縁取られた承太郎の、それでも美しい緑の瞳(ああなんと久しぶりの緑!)から目が離せなくなって、僕らはそこで固まってしまった。
ジョナサンさんが苦笑して、
「まあ立ち話もなんだから、中に入ったらどうだい?お茶を用意してくれるかな、テレンス」
と、承太郎の後ろに居た執事らしい人(気が付かなかった)に言った。
するとジョルノが退いた。
「じゃあ、僕はこれで。多分もうこの家に泊まりこむことは無いと思います」
「おや、それじゃやっぱり彼と暮らすのかい?」
「ええ、彼も了承してくれましたし。たまに遊びに来ますよ。パードレにもよろしく言っておいて下さい」
そう言い残して行ってしまった、らしいが僕は承太郎から目を離せなかったので、彼が何処に向かったのかは分からない。

 

豪奢ではないが明らかに質の高い調度品に囲まれた中世風の応接室に通され、僕と承太郎は向かい合って座った。
「承太郎、君、もう逃げてはいられないよ。彼には全部を知る権利があるはずだ」
それだけ言って、ジョナサンさんが部屋を出てしまい、後には僕と承太郎だけが取り残された。
たっぷり10分は黙り込んだ後、ようやく承太郎が口を開く。
「花京院…俺はお前に……一つ嘘をついている」
「…何」
「俺の名前は承太郎だ」
「……知ってるよ」
「いや違う、俺は以前、お前がそう名付けたから俺の名は承太郎だと言った。だが違うんだ、お前に名付けられる前から俺は承太郎だった」
「どういうことだい?」
承太郎が身を乗り出して僕を見据える。
やつれた顔が、彼をより一層、壮絶に美しく見せていた。
「お前は偶然、あるいは自分の意思で俺に承太郎という名前を与えたつもりだろうが、それは違う。俺の名は元々承太郎で、『こちら』でも承太郎と名が付くことは運命付けられていた」
「意味が分からない。説明してくれ」
「信じられないかもしれねえが」
そうして承太郎は、僕に奇妙な話をした。
犬猫に変化する彼らは皆血族で、『一巡』前の世界からやってきたという。
その世界では彼らは犬や猫などではなく普通の人間だった(承太郎は何故か「多分」という言葉を使った)らしい。
そこでの記憶はほとんど残ってはいないが、承太郎は自分たちと対峙していた男の名前は覚えていた。
「それがDIOだ。さっき一緒に居たな、ジョナサンの義兄弟で、ジョルノの父親だ。あの……猫だ」
金の色をした、巨大な猫。
思い出すだけで頭が痛くなってくる。
「俺もあっちも、お互いの犬やら猫やらの姿は知らなかったからな。初めは分からなかった」
そういえば、初めて会ったとき承太郎は犬の姿をしていた。
「お前が俺を承太郎と名付けたということは、もしかしたらお前も一巡前に関係があるのかも知れねえ。だが・・・巻き込みたくなかった」
承太郎とDIOとは、簡単に言えば命を奪い合った仲らしい。
もしこちらの世界でもそういうことになるのならば、僕が傷付く前に、僕の前から姿を消すべきだと思ったという。
「……それで。そのDIOと殺し合ったから、そんなにやつれてるの?」
「いや、これは、その……最近よく眠れないからだ。ヤツとは…何というか、特に争いはせずに距離を取って暮らしてる」
「何?」
「いや、どうもあいつとジョナサンには一巡前の記憶がほとんど残っているらしくてな。『全て白紙に戻してやり直そう』計画を遂行中らしい。DIOっていうのは、太陽の下に出られない体をしていたんだが、猫の姿ならそれも平気とかで、よく2匹で散歩に行ってる」
「…じゃあ、いいじゃないか。どうして君、僕のところに戻ってこなかったんだい」
「お前には…酷いことをしちまったから……」
「え?」
僕は本気で何のことか分からなかったのだが、承太郎の「無理矢理やっちまった」という言葉に強姦されたことを思い出した。
「もう会えないかもしれないと思って、お前のこと何にも考えずにやっちまった。それでおめおめとは帰れねえ」
「承太郎、君……馬鹿だな」
ぽつりと本音を漏らすと、承太郎がむっとした顔をした。
「本当に馬鹿だよ。そりゃ驚いたし痛かったし、もう二度とあんな思いはしたくないね。…でも。あのくらいで君の事、嫌いになれると思うのかい、この僕が?」
その辺りで僕はもう我慢がならなくなって、何やら唖然としている承太郎の、その首根っこにしがみついた。
ああ久しぶりの温度だ。
それを確かめるように首筋に顔をうずめていると、承太郎の腕が僕の背中に回された。
その様子が随分とぎこちなかったので、僕は承太郎と自分を安心させるために、努めて落ち着いた声を出した。
「もう、怒ってなんかいないよ。さあ、家に帰ろう、承太郎」