朝起きて会社に行って仕事をして帰ってものを食べて眠る。
何も変わらないずっと続けてきた何もおかしくない。
だのに何故だろう、朝起きても会社に向かっても仕事をしてもものを食べても、そこには色がない。
承太郎が何も告げずに僕の部屋を出て行ってから、幾日たったのか良く分からない。
日付がさっぱり意味をなくしてしまったからだ。
与えられた仕事をする以外の時間をどう過ごしていたのか、思い出せない。
彼と会うまでは一人で過ごしていたはずなのに。
ふと目に留まった男が、つまり鏡の中の僕が、ずいぶんとやつれた顔をしていて驚いた。
無理矢理苦笑を作って、無理矢理体を動かして、コートも着ずに外へ飛び出した。
当てがあるでもない、どこをどう歩いたかは覚えていない。
どこも同じような道すがら、後ろから「花京院さん?」と声を掛けられた。
振り向けば、同じ職場の後輩になる女性。
少女らしい感じのワンピースを着ている(そういえば彼女の私服を見るのは初めてだ)。
驚いた表情を見せているのは、僕がそれだけひどい顔をしているということなのだろう。
「花京院さん、あの……大丈夫ですか?」
心配そうに近づいてくる、彼女の前に進み出るのは一匹の犬。
写真を見たことがある、彼女の飼い犬だ。
飼い主を顔色の悪い不審な男から守るつもりだろうか。
優しげな顔つきに、しかし今は強い意志を宿して、大きな体を僕の前に誇示する。
その様子に、外見は似ているとは言えないけれど、僕の大事なものを思い出して、
もうどうしようもなくて、
彼女に挨拶もせずに走り出した。
承太郎と一緒に歩いた街角を、土手を、あるいは本屋やスーパーへの道を、
必死に彼を探して走ったけれど、けれど彼は居ない。
はあ、はあ、五月蝿いのは僕の息遣いだ。
僕の足はこんなに遅かっただろうか、僕の目はこんなに悪かっただろうか。
どうして彼が見つからない?
はあ、はあ、そうかそうではないんだ。
彼が僕の前から姿を消したのは、あの猫が原因だ。
僕との繋がりなど、あの猫に関する事象に比べればどうでもいいのだ。
だから僕と一緒に歩いた場所などに、彼が居るはずもない。
僕はあの猫と、承太郎に酷似した犬とに出会った場所に向かった。
今度は歩いていった。
高い塀が続く住宅街の、ひとつの角を曲がったとき。
広い背中が目に入り、心臓が跳ねた。
名を呼びたいのに声が出ない。
ここ数日まともに喋っていなかったからだ。
背中が歩いていく。
黒い髪が揺れている。
男が道をそれて行ってしまう、直前に何とか喉から音を搾り出した。
「……承太郎!」