お犬さまと一緒 (5.5)同僚との朝

 
ある朝目が覚めたら、見知らぬ男が隣で寝ていた。
それが僕と承太郎の出会い(その2)になるわけだが。

 

ある朝目が覚めたら、見知らぬ女が隣で寝ていた。
「………は?」

 
 
 

昨晩のことは全く覚えがない。
誰だこの人?
長い銀髪が寝乱れて(非常に寝相が悪い)、顔がよく見えないが、日本人ではなさそうだ。
なかなかグラマラスな体型に、露出が多めの服を着ているが、別にそういうお仕事の女性でもないように見える。
そういうお仕事の女性にはあまり馴染みが無いので、確証はないが。
ふと殺気を感じて振り向くと、……ものすごく凶悪な顔をした男が、こちらを睨んでいた。

 

「お、おはよう、承太郎」
「……」
「き、昨日はどこで寝たの?」
「寝てねえ」
「え、ええと…この女の人が誰か知ってるかな」
「知らねえ。てめえが大いに酔っ払って連れて帰ってきた。知り合いだって言ってたぜ」
「ええっ!?」

 

驚いてもう一度、彼女を良く見る。
……やっぱり知らない。
決意して、むき出しの肩に手を伸ばし、「あの…」と声をかけつつ揺すった。
「ん…」
彼女は身じろぎして、ゆっくり目を開く。
薄い青色の瞳だ。
「あれ…ここ……どこ…」
「僕の家ですけど…」
ぼんやりした目で女性が僕を見つめる。
ああ承太郎の視線が痛い。
「……ああ!花京院か!あの後そのまま寝ちゃったんだ、ごめんごめん」
彼女は僕を認めると、気安い様子で話しかけてきた。
名前まで知られている。
「あの、申し訳ないんですけど……どなたですか?」
「へ」
彼女は間の抜けた声を出して、間の抜けた顔をした。
「やっ…だなあ!あたしだよあたし!ポルナレフ!!」
「えっ!?」
今度は僕が間抜けな声を出す番だった。
ジャンヌ=P・ポルナレフさんは僕の仕事仲間の一人で、フランスから研修に来ている。
確かに彼女はいつも肩を出した服装をしているし、その髪の色もピアスも彼女のものだ。
だがいつもの彼女は…その、なんというか、髪型が、柱だ。
誇張ではなく、長い髪が全て天をつくように垂直に立っているのだ。
……僕は彼女を髪型で認識していたのか…。

 
 
 

だんだん思い出してきた。
昨日はポルナレフさんの誘いを断りきれなくて、半ば無理矢理飲みに連れて行かれたのだった。
しこたま(主に彼女が)酔って、僕も飲まされて、…家が近いという理由で僕の家に来たのだっけ。
それからの記憶が綺麗にないので、そのままベッドに直行して眠ってしまったらしい。
承太郎に悪いことしたなあ。

 

ぼんやりと過去を反復していると、ポルナレフさんが起き上がった。
「泊めてくれてありがと、助かったわ。この時間ならまだ、家帰って即効で朝の準備でき…おっと」
まだ酔いが残っているのか寝起きだからか、立ち上がろうとしてよろめいた。
反射的に手を伸ばすと、僕の腕の中にポルナレフさんが倒れ込んだ。

 

「ガル!!!」

 

大声に驚いて二人振り向くと、低くうなっている大型犬。
いつの間に犬の姿に。
「可愛い犬だなー。飼ってんのか?」
威嚇をされたというのに、ポルナレフさんは気にする様子も無い。
寛容というよりは、鈍感なのかも知れない。
「ええ…承太郎って言います」
「へえーっ撫でていい?咬む?」
「咬むことはありませんが、」
案の定彼女の手を避け、承太郎は部屋の隅に避難する。
だがこちらを睨むのは止めようとしない。
ポルナレフさんには少しも効果が無いようだが。

 

「なんだ、犬と一緒に暮らしてるのか。昨日の口ぶりじゃどうも、恋人と二人暮らしみたいだったのにな」
「こ、恋人?!僕そんなこと言いました!?」
「うん。すごく綺麗な顔立ちしてるとか、ぶっきらぼうに見えて優しいとか、見た目は格好良いけど中身はすごく可愛いとか、聞いてるこっちが恥ずかしくなるような惚気だったわよ」
「ちょっ……」
慌てて承太郎に目をやると、先ほどの険しい顔はどこへやら、今度は彼が間抜け面でぽかんとしていた。
いや、犬だけどさ。
「そそそんなこと言いましたか、あの、あのそろそろ時間危ないですよ」
「ほんとだ!やっべ!」
僕が不自然に話題を変えても、ポルナレフさんはあっさり誤魔化された。
手櫛で髪を適当に整え、コートをつかんで扉へ走る。
「じゃなっ花京院!マジでありがと!また後でなー!」

 
 
 

ばたばたばたばた。
あわただしく嵐が去った。
階段を降りる途中くらいで一度、ガン!と大きな音がしたが、まあ彼女なら大丈夫だろう。

 

それよりも自分の身だ。
恐る恐る、振り返る。
先ほどまで僕を見上げていた目が、今度は僕を見下ろしている。
「じ、承太郎…」
「随分なことをぺらぺら話してるみたいじゃねえか」
「ぺらぺらじゃないよ!昨日はたまたま、常に無く酔ってただけだ」
「じゃあ今度は俺と飲め」
え、と彼の顔を見つめた。
微妙に唇がとがっている、気がする。
何だもしかして、拗ねてるのか?
「そういうことは。俺に直接言え」
ああ、間違いない拗ねている。
僕の可愛い恋人は、意外と嫉妬深いのだ。
だけれど僕は、彼の機嫌を直す方法を知っている。
まずは背伸びをして、軽く唇を重ね、こう言うのだ。
「分かったよ承太郎、ごめんね。今度は二人で飲もうね?」

 
 
 

承太郎の実年齢がいかほどかは知らないが、体格からして飲酒をしてもそう成長に影響があるということはないだろう。
そう思ってその日から、たまに一緒に晩酌をするようになった。
ときたま記憶をなくすほど飲んだ次の朝には必ず、二人で裸でベッドの上に居るのだが、
その上僕の体には赤いあざが散っていて、更に腰がずきずき痛かったりするのだが、それはまた別の話。