僕の家に突然、犬と人間のどちらでもないような生き物・承太郎がやってきて結構な時間がたった。
彼は相変わらず手のかからないペットであり、僕を煩わせることは無かった。
それでもゆっくり侵食されていく自分の世界が、寧ろ心地よいと思えてくるから不思議だ。
ただ機械的に繰り返されていた灰色の日常、そこにゆっくり広がっていく色鮮やかな黒、それが承太郎だった。
ある晩のことだ。
僕はパッケージもよく見ずに特価で借りてきたB級映画を見ていた。
承太郎は犬の姿で、僕とお互いに寄りかかっている体勢でいる。
眠ってはいないが、映画を見ているわけでもなくソファの上で丸くなっている。
ふと、ありふれた濡れ場に体が反応した。
元々僕はそういうのには淡白な方だが、生理反応としてないわけではない。
女優が良かったとかではなくて、久しぶりだったのもあるのか、濡れ場そのものに反応したようだ。
「ごめん承太郎、ちょっとトイレ行ってくる」
断って彼の体をずらし立ち上がった。
映画を止めて急いでトイレに向かおうとする体が、ぐいと引っ張られる。
「何、」
振り向いた先には光る緑。
いつの間にか僕より背の高くなっていた承太郎の瞳が、ついぞ見たことが無いほど燃えていた。
僕はそこから目が離せなくなって、それがだんだん近づいてくるのに、動けない。
ぺろりと頬を舐められる。
それはいつもと同じなのに、何故だか舐められた部分が熱い。
承太郎の舌はいつもみたいにすぐに離れていかずに、僕の頬を少しずつ移動しながらぺろりぺろり舐めている。
その熱いものが僕の唇に触れ、そのまま承太郎の唇が重なった。
それでも彼の舌は動くのをやめず、僕の舌を引き出して絡め取る。
鼻にかかったような声が聞こえて、自分の声だと認識する頃には僕はソファの上に押し倒されていた。
「ん……ン、っ…承太郎!」
最後の力で彼の体を引き離す。
僕の心臓はこんなに煩かっただろうか。
「何、をする、んだ…」
承太郎はそれには答えずに、僕の体に重圧をかけてきた。
「やっ…やだ、嫌だ!止めろッ承太郎!」
「なんで」
「な、なんでって…君こそなんで……こんなことするんだ」
目は燃えているのに落ち着いた低い声を出す彼が信じられない。
「分からねえのか」
「分かるわけがないだろ…!こ、こんなこと…突然……」
「好きだ」
「…は?」
「お前のことが好きだ。だからお前とこういうことをしたい。さっき嫌って言ったな、お前は俺とこういうことをするのは嫌か。俺が嫌いか?」
常に無いほどまくし立てる承太郎。
落ち着いていると思ったのは、僕が彼より混乱していたからだったようだ。
「何…を言ってるんだ承太郎、僕が君の事を嫌うはずが無いじゃあないか」
「それは好きってことか?だったらなんで嫌って言った」
「それは…だって……びっくりして」
「じゃあ嫌じゃないのか」
承太郎が僕に詰め寄る。
必死な形相に、なんだかこちらが悪いことをしている気分になってくる。
嫌?
驚いただけだ、嫌、じゃあ、ない。
答える代わりに腕を伸ばし彼の首に絡めると、僕の方に引き寄せた。
~豆知識~
オス犬は発情期のメス犬を見つけると発情します。
そうでもない相手を自分から襲うことは基本的にありません。