お犬さまと一緒 (3)噛まれました

 
僕の家に突然、犬と人間のどちらでもないような生き物・承太郎がやってきて結構な時間がたった。
彼は相変わらず手のかからないペットであり、僕を煩わせることは無かった。
それでもゆっくり侵食されていく自分の世界が、寧ろ心地よいと思えてくるから不思議だ。
ただ機械的に繰り返されていた灰色の日常、そこにゆっくり広がっていく色鮮やかな黒、それが承太郎だった。

 
 

ある晩のことだ。
僕はパッケージもよく見ずに特価で借りてきたB級映画を見ていた。
承太郎は犬の姿で、僕とお互いに寄りかかっている体勢でいる。
眠ってはいないが、映画を見ているわけでもなくソファの上で丸くなっている。
ふと、ありふれた濡れ場に体が反応した。
元々僕はそういうのには淡白な方だが、生理反応としてないわけではない。
女優が良かったとかではなくて、久しぶりだったのもあるのか、濡れ場そのものに反応したようだ。
「ごめん承太郎、ちょっとトイレ行ってくる」
断って彼の体をずらし立ち上がった。
映画を止めて急いでトイレに向かおうとする体が、ぐいと引っ張られる。
「何、」
振り向いた先には光る緑。
いつの間にか僕より背の高くなっていた承太郎の瞳が、ついぞ見たことが無いほど燃えていた。
僕はそこから目が離せなくなって、それがだんだん近づいてくるのに、動けない。
ぺろりと頬を舐められる。
それはいつもと同じなのに、何故だか舐められた部分が熱い。
承太郎の舌はいつもみたいにすぐに離れていかずに、僕の頬を少しずつ移動しながらぺろりぺろり舐めている。
その熱いものが僕の唇に触れ、そのまま承太郎の唇が重なった。
それでも彼の舌は動くのをやめず、僕の舌を引き出して絡め取る。
鼻にかかったような声が聞こえて、自分の声だと認識する頃には僕はソファの上に押し倒されていた。
「ん……ン、っ…承太郎!」
最後の力で彼の体を引き離す。
僕の心臓はこんなに煩かっただろうか。
「何、をする、んだ…」
承太郎はそれには答えずに、僕の体に重圧をかけてきた。
「やっ…やだ、嫌だ!止めろッ承太郎!」
「なんで」
「な、なんでって…君こそなんで……こんなことするんだ」
目は燃えているのに落ち着いた低い声を出す彼が信じられない。
「分からねえのか」
「分かるわけがないだろ…!こ、こんなこと…突然……」
「好きだ」
「…は?」
「お前のことが好きだ。だからお前とこういうことをしたい。さっき嫌って言ったな、お前は俺とこういうことをするのは嫌か。俺が嫌いか?」
常に無いほどまくし立てる承太郎。
落ち着いていると思ったのは、僕が彼より混乱していたからだったようだ。
「何…を言ってるんだ承太郎、僕が君の事を嫌うはずが無いじゃあないか」
「それは好きってことか?だったらなんで嫌って言った」
「それは…だって……びっくりして」
「じゃあ嫌じゃないのか」
承太郎が僕に詰め寄る。
必死な形相に、なんだかこちらが悪いことをしている気分になってくる。
嫌?
驚いただけだ、嫌、じゃあ、ない。
答える代わりに腕を伸ばし彼の首に絡めると、僕の方に引き寄せた。

 
 
 
 

~豆知識~
オス犬は発情期のメス犬を見つけると発情します。
そうでもない相手を自分から襲うことは基本的にありません。