わたしと悪魔 六、人間のような悪魔の場合

 
 

「俺の母親は男なんだが、ものすごい変わり者でな。毎晩夢の中で会っている親父にしか体を許さねえんだ。俺も、おふくろの兄貴や姉貴とは寝たことがあるが、おふくろとはやったことがねえ。17にもなって母親とセックスしてないんだんて、やっぱりキモいか?引くか?」
待て、待ってくれ、ちょっと待て。
どこから突っ込んでいいのか分からない。
僕の人生初の友人兼恋人は、なんと悪魔の血を引いていた。
そして、一般常識が悪魔のそれだった。
 
 

僕の友人・空条承太郎は、容姿端麗頭脳明晰その他もろもろ盛りだくさんという男だった。
一つ欠点を上げるとすれば無口なことであるが、イケメン無罪のためにそれすら寡黙でステキということになってしまっている。
しかし、彼の本性を知ったいま、僕にはその理由がよぉく分かった。
こいつ、しゃべるとボロが出る。
冒頭の台詞なんてまさにそれだ。
ツッコミどころが一つや二つではない。
とはいえ歩み寄りは大事だ。
なんでもかんでも僕の方の常識に合わせろというのも違うだろう。
「一つ聞くが、承太郎。僕は、僕と君が、いわゆるひとつの恋人というやつになったと思っている」
「その通りだぜ。それがどうした?」
「君は恋人以外と、そのう…そういうことをしたいと思っているのか?」
「したいっていうか、しないと失礼だろ?」
そうなの!?そうかな!?
「いや、人間のあいだじゃあ、恋人以外とそういうことをするほうが失礼なんだ」
「そうなのか!?」
承太郎は目を見開いて驚いたあと、ほっとしたような表情になった。
「だったらよかったぜ。実は俺、お前以外とあまりしたいとは思えねえんだ。お前にも、俺以外としてほしくねえと思っている」
「だったら都合がいいな。僕も同じ気持ちだ」
「そうか。俺も4分の3は人間だから、人間に近い考え方をするのかもしれねえな」
それこそ好都合である。
夕食抜きの日にチョコレートを見つけてヤッタネという気になった感じだ。
「で、お披露目の乱交パーティはいつにする?」
………前言撤回。
「お披露目って何だそれ!?いらないだろう!」
「えっなんでだ」
「逆に聞くが、なんでいると思うんだ?」
そう言うと、承太郎はぱちりとまばたきをした。
分かりづらいが、これはぽかんという感じの顔だ。
「さあ……するのが普通のことだと思ってたからな……俺のモンだっていうのを示すため、か?」
「なあ承太郎。君はどうやら、悪魔の常識の中で育ってきたらしい」
「親父が死んで日本に来てからは学校に通ってたし、結構人間の常識は持っていると思うんだが」
「ああ、君が世間知らずということはないと思う。他のことはだいたい人間の常識通りだ」
「よかったぜ」
「だけどな、こと恋愛に関しては、悪魔的なものの考え方しかできていないと言わざるをえない」
「そうなのか。今まで人間と恋愛したことなんざなかったからな。ちょくちょく遊びに来る親戚の考え方に影響されてるとは思うぜ」
「それだ。……なあ承太郎」
「なんだ?」
僕は承太郎の目を覗き込んだ。
きらきら光る緑色。
他に類を見ないエメラルド・グリーン。
「君はこれから、どちらの世界で暮らすつもりなんだ?人間の世界か、悪魔の世界か」
「俺は……」
承太郎もその目で、僕をしっかと見つめ返した。
彼の目にさらされると、いつも体が熱くなる。
「俺は、お前がいる世界で暮らすつもりだ。お前は人間だろう。もしもお前が悪魔の世界に生きたいというならば、俺が手引きしてやる。だがお前は、人間の世界しか考えたことがねえだろう。だったら俺も、人間になる」
「……そうか」
僕は火照る頬を両の手で包んだ。
「ああ、僕だって、君がいる世界で生きたいさ。だけど僕には、悪魔の常識が馴染めるとはとても思えない。できるなら、人間の世界で暮らしたいと思っている」
「そうか」
承太郎は大きな手を僕の頭の上にぽんと置いた。
「だったら、俺に人間世界の常識ってやつを教えてくれ。お前と生きていけるように」
「………うん」
僕は、降りてきた承太郎の手のひらにすりと顔を寄せた。
「……まず、男同士で恋人になるのはマイノリティだ」
「そうなのか!?」
 
 

僕だって承太郎の恋人だ。
恋人との、その、あれ、あれだ。うん。
あれのときには、気持ちよくなってもらいたい。
前のときは意味が分からないくらい気持ちよくて意識がトンじゃってたからな。
そう思って少し調べたのだが、どうやら男同士では、その、痛いらしい。
とてもじゃないが、最初から気持ちよくなるのは無理だとか。
えっどういうことだ。
僕そんなに才能あったの?そっちの?
ちょっと怖くなったので承太郎に聞いてみたら、精液がファンタジー媚薬みたいなはたらきをするそうだ。
何それチート。
「気持ちいいんだからいいだろ」と言われて、「うーん、まあそうなのかな」とか言っていたら「試してみようぜ」と押し倒された。
うん、気持ちはよかった。
よかったけど!!
「いいか承太郎、せっ…というのは、学校でやるものじゃあない」
「そうなのか?」
「道徳的な問題もあるけど、これは分からないんだろう。だが人目につきやすいところでするのは駄目だ。禁止する」
「え、じゃあどこでやるんだ」
「家…とか」
なになにホテルのことを口に出せなかったのは、仕方ないと思っていただきたい。
「家にすぐ帰れない場所でヤりたくなったらどうするんだ?」
「我慢する」
「我慢!?」
なんだその、太陽は止まっていて地球が動いているんだと言われた中世の人みたいな顔は。
「確かに、君のところでは、その……そういうの、我慢しない文化なのは分かっている」
承太郎の家に遊びに行ったときのことだ。
そのときちょうど、彼の祖父と祖母が来ていたことがある。
祖父は体の大きな悪魔で、言い方はおかしいが肉食の牛のような頭をしてた。
とても位の高い悪魔だという。
体の芯が冷えるような、心の底から震えがくるような人、いや悪魔だった。
祖母というのは、元は人間らしく、僕とそう変わらない見た目をしていた。
…………顔も似ていた。
それで、僕が承太郎と部屋で勉強していたときの話なのだが、何か声が聞こえたので顔を上げて庭を見たら、そこで、その二人がことに及んでいた。
「えっ!?はっ!?」
思わず変な声が出て、承太郎も顔を上げた。
それから庭を見て、「ああ」とだけ言うと、そのまままたノートに目を落とした。
えっあれスルー案件なの。
かくして僕は、とても居心地の悪い思いをしながら課題を片付けることになったのだ。
ケアレスミスが多かったのは仕方のないことだおる。
 
 

「そうだ。人間は我慢と忍耐の生き物なんだ。それで社会を回しているんだ。まあ普通に考えて、悪魔はどっちもしないよな。当然だな!だけど人間として暮らしていくなら、これを覚えてもらわないといけないぞ!」
「……分かったぜ」
承太郎はしぶしぶといった様子で頷いた。
だがその日から、承太郎が学校や往来で手を出してくることはなくなった。
やるといったらやる男だ。
そういうところを尊敬している。
その分彼の家でガッツカれることになるのだが。
ところで、やってる最中ほとんどバカみたいになっているからよく覚えてないんだが、たまに承太郎のお母さんが顔を出さないか……?
「晩御飯何がいい?」とか言ってた気がする……。
承太郎は人間として生きることを選んでくれたが、お母さん(といっても男性だ)はそうでもない。
だから止めることはできない。
できないが、非常に恥ずかしいのでできたらやめてもらいたい。
 
 
こうして、僕と承太郎との、大変だけども楽しい生活は続く。