イチジクの落下 – 無花果葉の追憶

 

好きだ、と伝えてから、以前にも増して花京院は堂々と承太郎を誘惑してくるようになった。
前のように必死すぎない分、その余裕がかえって艶めかしく、承太郎は歯を食いしばって欲望を押さえつけていた……5回に1回くらいしか成功していなかったが。
花京院も最近は少し慣れたのか、あまり痛がる様子を見せず、快感を得ているようなのが更にエロ……いや何を考えているんだ俺は。
「ひゃ!?じょ、たろうッ、そこ、何…!?」
「ここ、か?ここが気持ちいいところか?」
「わ、わかんな…んぁ、あ、そこばっか、だめ…!」
「それが気持ちいいって、こと、だぜ…!」
「あッぁ、あぁ、…ッや、ぼく、へん……!」
「変なんかじゃあ、ねえ、ぜッ!」
「っあ、ほん、と…?」
「ああ、滅茶苦茶、かわいいッ」
そう言うと、彼は目尻を下げてへにゃりと笑うのだ。
「よかった」などと言って。
その言葉にもうたまらなくなって、彼の小さな体を抱きしめ、キスを降らせて追い上げる。
すると彼はいっそう甘い鳴き声を上げ、承太郎を更に煽るのだ。
そうやって花京院が悦ぶところを攻め立てながら、彼の小ぶりなそれを握りこむと、それは少し首をもたげて硬さを増す、それがまた承太郎を喜ばせるのだった。

 

花京院は両親にあまり、というか完全に、気をかけてもらっていない子供だった。
簡単に言うとネグレクトされていた。
彼らは小遣いさえ渡していればネグレクトにはならないと思っているらしく、花京院の財布には小学生にしては多い額の金が入っていたが、ただそれだけだった。
それで、承太郎の部屋で二人でテレビを見ている時に流れてきた遊園地のCMに目を輝かせているのに気付いて、
「今度の休みに一緒に行くか?」
と声をかけた時の、彼の喜びようといったらなかった。
こんなことではしゃぐのは子供っぽいと思っているのか、
「でも承太郎も忙しいし」
などと言っている唇を指で黙らせれば、抑えきれないでいる笑顔を向けてくるのだった。

 

さておまちかねの日曜日、二人は承太郎が運転する車で遊園地へ赴いた。
ちなみに土曜も泊まっていったが、くっついて眠る少年が遊ぶのに体力を温存しておかなければいけないから、と承太郎は鋼の精神で耐えた。
何をとは言わないが。
花京院はジェットコースターからコーヒーカップから、ちょっと恥ずかしそうにしながらメリーゴーランドまで、どれもこれも目をキラキラさせながら乗り込んだ。
承太郎と一緒がいい、というので、フリーパスは二人分だ。
「承太郎、次はあれに乗りたい!」
「いいぜ。だが少し休憩を入れよう。今日のお前はいつもと違ってだいぶはしゃいでいるからな」
「あ、ごめんなさい…」
頬を染めてうつむく彼の頭を、大きな手でぽんぽんと撫でてやる。
「いや、いいことだぜ。お前はもっと子供らしくはしゃいでいい」
飲み物でもと思って、売店を探す。
承太郎が歩けば、周りの女性が、というか男性も、ことごとく振り向くのだが、売店のおばちゃんもその例外ではなかった。
承太郎が注文の後に「おい、聞いてるか?」という一言を入れて、ようやく彼女は仕事に戻った。
紙コップを二人に手渡しながら、人の良さそうな彼女は花京院に声をかけた。
「お兄さんと一緒にお出かけ?いいわねえ」
花京院はその言葉にほんの少しだけ眉をひそめ、承太郎の手を握る左手に力を込めた。
売店の前の簡素なテーブルで足を休めて喉を潤しながら、花京院は不満そうな声を出した。
「あのおばさん、何言ってるんだろうね。僕ら全然似てないし、手を繋いでデートしてるんだから、恋人同士だって分かってもいいのに」
「あー、うん、まあ……そうだな」
「分かってるよ、承太郎と僕じゃあ、ぱっと見で恋人には見えないってことくらい。……早く大きくなりたいなあ」
「無理して背伸びするこたァねえぜ。お前はそのままでいい」
それから彼らは、声をかけてくる女性グループをことごとくスルーして楽しく過ごした。
けれど、最後に二人で夕焼けを見ながら観覧車に乗った時までずっと、花京院は早く承太郎と並べる大人になりたいと呟くのだった。

 

そんな花京院の態度が急に一転したのは、それから少ししてからのことだ。
いつもはつとめて大人っぽい格好をしてくる花京院が、よくいる小学生のような、ぴったりとして体のラインが分かるような服を着てきたのだ。
次はそういう誘惑かとたいへん煽られた承太郎が、いつもよりがっついてしまったのは仕方がないだろう。
けれどそんなことがずっと続き、首を傾げた承太郎がその次に気付いたのが、花京院が前とは違う靴を履いてきているということだった。
以前のより一回り小さい気がする。
そういえば最近、「早く大人になりたい」と言わなくなった。
それは、今の自分を受け入れたというよりはむしろ―――
その日も、理性がすっかり駆逐されてしまった承太郎は、花京院のパジャマの裾から手を入れながら――もう毎週お泊りをしているので彼専用のパジャマを置いている――ふんわりとくびれていない腰や柔らかな胸、そしてその小さな突起を楽しんでいた。
息を荒げる承太郎の頭を抱き込んで、花京院は妙に切羽詰まった声で尋ねてきた。
「ねえ、承太郎、僕のどこが好き?」
え、と顔を上げる。
なぜこの少年は、こんなに泣きそうな目をしているのだろう?
「僕の体の、どこが好き?」
「体?」
「うん、外見でも何でもいいよ。中身じゃなくて、体だったらどこが好き?」
「……そうだな」
承太郎はベッドの上に半身を起こして、愛し子の体を見つめた。
「まず、髪だな。ちょっと赤みがかって、ふわふわしてて気持ちがいい」
そう言いながら、少々長い前髪を指に絡ませる。
「それから?」
「それから…頬か。柔らかくて、あと、斜め後ろから見ると少し膨らんでいるところがいい」
「そう…他には?」
承太郎の目線が下がっていく。
「他には……肩だな。薄くて、守ってやりたい感じがいい」
「他は?」
「胸もだな。小さくて、硬すぎず柔らかすぎず、すげえいい。…ここもかわいいと思ってるぜ」
承太郎が少年の胸の飾りを引っ張るようにつまむと、彼は高い声を出して身じろぎした。
「ん……他には?」
「他は…腰と腹のラインも最高だな。ふっくらしてて」
「そっか…じゃあ、その」
「ああ、足の間ももちろん好きだぜ。ここもかわいいし、こっちも俺に馴染んできたし」
「ん、嬉しいよ。他にまだある?」
「ああ」
承太郎は花京院の手を取り、その甲に口付けた。
「小さい爪のついてるこの手も好きだぜ。足の方は、膝小僧の裏のくぼみとかたまんねえな。それから…」
そのまま更に視線を落とした承太郎は、ぎょっとして花京院の手を強く握りこむことになった。
「おい花京院、足どうしたんだ!?」
彼の足は風呂あがりだというのに青くうっ血し、指先は丸まって爪が潰れそうだった。
「あの靴か?前のはどうした?駄目になったんならすぐ言え、新しいのを、」
「違うよ」
花京院の声は、震えていたがはっきりしたものだった。
「違うよ、僕……僕、最近ちょっと足が大きくなったんだ。足が大きいと背が高くなるって、それで…」
「なぜだ?大きくなったんなら大きい靴にするべきだろう」
「だっ、て!そ、したら、僕、背が、伸びちゃう…!」
顔を隠してしゃくりあげる花京院の顎に、音を立ててキスを落とし、承太郎はつとめて優しい声を出した。
「どうして大きくなりたくねえんだ?前はあんなに、早く大人になりたいって言ってたじゃねえか。大人になるのが怖くなったのか?」
「だって、承太郎、ペドフィリアでしょ……!」
「ッは!!?」
「だから、僕、大人になったりしたら、承太郎、僕のこと嫌いになるから…!」
「ま、待て待て、どうしてそんな話になってるんだ?どこでそんな言葉を聞いてきた」
「クラスの子が言ってた……そういう大人は危ないから気をつけなきゃいけないって」
「…まったくその通りだ。だが、俺は別に、ペドじゃあねえぜ」
「だって承太郎、さっき、僕の体の小さいとことか、柔らかいとことか、好きって言った…!」
「いや!ああ、うん……返す言葉もねえ……いや、だが、それは別に…それがお前の今だからってだけで、それがなくなってお前が大きくなっても、お前のことは好きだぜ」
「嘘…!」
「嘘じゃあねえ。さっきのは、お前の体の好きなところってだけだ。俺は確かにそっちも好きだが、お前の中身も好きなんだぜ」
「本当…?」
「ああ、よく気がつくところとか、そのくせ大胆なところとか、頭の回転が速いところとか……挙げたらキリがねえ」
「本当…本当に?僕が大きくなっても……声変わりとか来ちゃっても、僕のこと、好き……?」
「ああ」
今や涙をこぼして顔を歪めている少年を、自分の胸に抱き寄せる。
「お前がたとえ俺より背が高くなっても、声が低くなっても、俺はお前のことが好きでいられる自信があるぜ」
頭を撫でながらそう言い聞かせていると、おずおずと背中に小さな手が回された。
「僕……僕も、承太郎が好きだよ。承太郎が、その……」
「ん?」
「オジサンになっても」
そう言って少しいたずらっぽく笑うから、「言ったな」とその頭をガジガジしてやって、それからキスをした。
「お前は心配せずに、きちんと成長すればいいんだ。靴も新しいやつを買いに行こう」
「二人で?」
「ああ、二人でだ」
「嬉しい、承太郎…好きだよ」
それにはキスで応えて、承太郎は改めて花京院の体をベッドに横たえた。
先ほど好きだと言ったところも、そうでないところも、全て余さず掌と唇で愛撫する。
くすぐったそうに身を捩っていた花京院の息が上がり、その声に艶が含まれてくると、承太郎はそこに手を伸ばした。
ゆっくりゆっくりほぐして、切なくなった花京院から「早く」との言葉がかかって、それからようやく、やっぱりゆっくり体を繋げる。
本当は乱暴なまでに揺さぶって滅茶苦茶にしてやりたいが、愛しい子供に負担を掛けたくない。
狭く吸い付いてくるそこは、雄の形を覚えてしまっているかのようだ。
少しずつ腰を使って出し入れすると、それに合わせて高い声が上がる。
「んっ、ぁ、あッン、じょ、たろっ、じょうた、ろうっ…、ぼく、」
「なんだ?……ッ」
「すき、だよ…!すきだ…」
「ああ、俺も、だぜ。俺も、お前のことが好きだ」
「んっ、あ、あぁッ、あ、すき、すきだ、よっ、あぁっン、だいすきだ…!」
「俺も、だ、好きだッ…、愛してる……!」
その日、花京院は初めて、承太郎の手の中ではぜた。
薄くて量も少ないそれは、少し青臭い味がした。

 

次の日、花京院がもうすっかり太陽が登り切った時刻に目を覚ますと、それに気付いた承太郎がキッチンからやってきて、居住まいを正すと、床に正座をして頭を下げた。
花京院が何か言う前に、承太郎が真摯な声を出した。
「花京院、お前の一生を俺にくれねえか」
「え、」
「俺は確かに、今のお前が好きだ。小さいところも柔らかいところも、だ。だが昨日言ったように、お前が大きくなっても、この気持ちは変わらねえと断言できる。俺もしっかり自覚したんだ。お前が大きくなっていく途中も、大人になってからも、そしてそれからも……お前とずっと一緒にいたいと思ってる。だからもし、お前も同じ気持なら…」
「承太郎!」
細い体が突然飛びついてきたが、承太郎は少しも動じずそれを抱きとめた。
「承太郎、僕…僕も承太郎と一緒がいい!僕がどんな大人になるか分からないけど…」
「どんな風に成長するか楽しみだぜ」
「それでも、ずっとそばにいてくれる?」
「もちろんだぜ。こっちからそう頼んでるんだ」
「……よかった!」
そう言って破顔して、花京院はおずおずと唇を近付けた。
それに応えて、承太郎は彼の体をつよく抱きしめた。