月と恋人 – 半月の繭

 
それは、二人が同居を始めてまだ数日といった日のことだった。
その日の獲物は、駅前で見付けた旅行者風の女性だった。
花京院は彼女にのしかかり、道具を使わず素手で首を絞めていた。
それはこの家に来てから、初めての殺人だった。
外で殺すときには、時間もかかるし抵抗もされやすいので、素手ではなかなかできなかったのだ。
承太郎の方はといえば、死肉ができあがるまで暇なので、花京院の犯行現場を見るともなしに見ていた。
花京院は目を爛々と光らせて、荒い息を吐きながら、口元に笑みを浮かべて女性に覆いかぶさっていた。
ふと承太郎は、これが残酷な殺人現場ではなく、もっと艶かしい状況のような錯覚をおぼえた。
「はあ、はあ、はあ………ふう。おまたせ、空条。終わりましたよ」
そう言って、もう興味がなくなったように、女性の上から退く。
承太郎はその女性――だったもの――を大事そうに抱えると、広いキッチンに運んでいった。
そこからは承太郎の時間だ。
大きなノコギリから小さなナイフまでを巧みに使い、死体を小さな肉片に分けてゆく。
その手さばきを、花京院は興味深そうに眺めていた。
一時間程度で大まかな作業が終わり、承太郎は冷蔵庫に肉を詰めていった。
「久しぶりの獲物だし、今晩は足をステーキにしようと思う。お前も食べるだろ」
「え、僕?そうだな、折角だし……いただこうかな」
花京院の口には、そのステーキは特別美味しいというほどのものではなかった。
だが、承太郎が丁寧に丁寧に死肉を扱っているのを思い出すと、自然と箸が進んだ。

 

周りを気にせず済む本拠地を手に入れた花京院は、少々調子に乗った。
本来ならば2ヶ月に一度ほどしか殺人を犯さないのだが、数日もたたないうちに、新たな犠牲者を見付けてきたのだ。
今度は浴室に誘い込み、刃物を使って殺しをやった。
これも、返り血を気にしなければならない屋外ではできなかったやり方だ。
花京院にはカニバリズムの気はないが、この死体を承太郎が調理するのだと思うと、なぜかいつもより興奮した。
しばらくして、承太郎が浴室に姿を見せた。
「ごめんよ、楽しくてあちこち刺してしまった」
「問題ねえ、肉が柔らかくなる。それより…」
承太郎が口をつぐんだので、花京院は彼の目線を追って下を見た。
返り血のために服を全部脱いでいたのだが、自分のそれが、はっきりと主張しているのが見て取れた。
「ああ……ごめん、今更隠すことでもないと思うけど。処理するからもう少し待っていてくれるかい」
そう言ったのに、承太郎は浴室の中に入ってきた。
戸惑う花京院の首筋に、ずいと顔を寄せて唇を押し当てる。
承太郎の唇には、脈打つ花京院の血管が感じられた。
汗を流す薄い皮膚と、その下にある赤い肉が感じられた。
「好きだ」
承太郎は唐突にそう言っていた。
言った本人が驚いたほどだった。
「好き、って……」
「殺しをやるお前の姿が頭から離れねえ。好きだ……抱きてえ」
噛み締めるように口にすると、それは初めて彼の行為を見た日から、ずっと思っていたことなのだと分かった。
花京院は顔を真っ赤にすると、
「僕も……死肉を調理する君が、とても綺麗だと思っていたんだ」
と言い、承太郎の背に腕を回した。
そこで承太郎も服を脱ぎ、二人はそこで結ばれた。
犠牲者にはまだほんの少し息があったようだが、そんなこと少しも気にならなかった。

 
 
 

ある晩、ベッドの上で仲良くした二人は、くすくす笑いながら余韻を楽しんでいた。
ふと、花京院が承太郎の首に手を伸ばす。
「俺を殺すのか?」
「まさか、そんなことしないよ!」
そう言われて、承太郎はがっかりしている自分に気が付いた。
彼が興奮する相手が、自分だけならいいのに。
承太郎は、花京院に殺されていった犠牲者たちに嫉妬しているのを自覚した。
「……俺が、一番食いたいと思ってるのは、お前だぜ」
そう言ってひたと花京院を見据えると、花京院も思いがけず強い眼光で見返してきた。
「僕だって、一番殺したいと思っているのは、君さ」
承太郎は花京院の首にキスをした。
脈を感じられるので、ここにキスするのが好きなのだ。
「じゃあ、そのときが来たら、」
「ああ、そのときが来たら、」
そこから先の言葉はなかったが、お互い相手の笑みに全てを読み取っていた。
そうして彼らは、『そのとき』を待ちながら、楽しく暮らしている。

 
 
 
 
 

ちなみに「新月の午後」と「半月の繭」は英語にすると韻踏んでます。