ここにあるのは何の変哲もない一本のイトスギです
イトスギの枝々ではトマリたちが思い思いに風を食べています
トビたちは今日もイトスギのてっぺんを目指して飛んでいます
とうとう力尽きたトビが落ちていきますが、トマリは気にも留めません
そんなのはいつものことだし、それに、トビとトマリはまったく違う生き物だからです
ところがある日、若いトビがおかしなものを見つけました
それは一羽のトマリでした
トマリはふつう、一年に二回、風が変わるときにしか動かないはずなのに
そのトマリはぎこちなくもせわしく体を動かしています
気になったトビは、とうとう声をかけてみることにしました
「おまえ、どうしてそんなに体を揺らしているんだ?」
するとトマリは目を輝かせながらこたえました
「ああ、ようやくよく見えた!」
トビは聞きます
「いったい何が見えたんだ?」
トマリはこういいました
「今まで見たこともない、きらきら光るものが見えたから、
いったい何なのかよく確かめたくて、体を動かしていたんだ」
「それはいったい?」
「きみの両目さ!」
トビはびっくりしました
いつもただ、枝に座っているだけのトマリに、
そんなことをいわれるなんて、思ってもみなかったのです
でも、なんだかわるい気はしなかったので、
トビはトマリの周りを飛んでみせました
トマリはこういいました
「ありがとう、とてもすてきだった」
そうしてトマリは目を閉じました
トビはもう上に行ってしまうでしょうから、
あの緑の光を、脳裏に焼き付けておきたかったのです
ところが、今度はトマリが驚く番でした
次の日、目を覚ましたトマリの前には、昨日のトビがいたのです
「きみたちトビは、上を目指しているんじゃあないのかい」
トビはこたえました
「ああ、そうだ
おれたちは落ちながら生まれて死ぬまでずっと、
この木のてっぺんを目指して飛び続けている
だが、ちょっとだけ、このあたりで休憩をする気になってな」
トビは日の光を食べる生き物です
より強い光を求めて上へ飛んでいくのがふつうですから、
休憩なんてするはずがありません
このトビが立ち止まった理由に思い当たって、トマリは頬を染めました
それから二羽は、いろんな話をして一緒の時を過ごしました
トマリは、風が運んでくる、潮や別の木々の味のことを話しました
トビは、イトスギのところどころにある雲というものが、雨や雪を降らせることを話しました
いつの日か、トマリが話してくれる海や森を一緒に見てみたい
トビはそう思いました
けれどトビは休むための足をもっていませんから、
そんなに遠くまでは行けないでしょう
いつの日か、トビがいっていた色んな天気のもとに、二羽で行ってみたい
トマリはそう思いました
けれどトマリは、上や下へ飛んでいける翼を持っていませんから、
ここから動くことはできません
二羽が一緒にいられる世界は、とても小さいものでした
けれども二羽はしあわせでした
けれどそのしあわせも、長くは続きませんでした
トビはやっぱり、ここいらの光では栄養が足らず、
日に日に飛ぶ姿に元気がなくなってきました
トマリも、ふつうだったらほとんど動かず日々を過ごすのに、
トビにあわせて体の向きを変えたり、
ずっとおしゃべりしたりするのに体力を奪われていました
トマリはこういいました
「きみはやっぱり、この木の上を目指して飛んでいくのが似合ってる
ぼくなんかにあわせて、こんなところで落ちてしまうなんていけない」
トビもこういいました
「おまえだって、おれにあわせて無理に体を使うなんてよくねえ」
トビはトマリのために旅立っていくことを決めました
トマリもトビのために何もいいませんでした
けれどトビの翼は、もうイトスギのてっぺんを目指すことができないほど弱っていました
トビ自身も、そこが命をかけて辿り着くべき場所だとは、もう思えませんでした
トビはとうとう落ちました
落ちて、落ちて、
一本の枝の上にぶつかって止まりました
そこには、同じように力尽きて落ちてきた、あのトマリがいました
二羽はお互いをみとめて微笑みあい、
くちばしをくっつけて身を寄せ、息絶えました
ぼうっ!
炎の中から生まれたのは、トビでもトマリでもない、美しいトリでした
トリは、枝には止まらず、イトスギのてっぺんを目指しももせず、
広い世界に飛び立っていきました
常緑樹のイトスギに葉っぱがない時点でファンタジーだと思ってね。
(背景設定)
トビ…生まれてから死ぬまでずっと、イトスギの頂上を目指して飛び続けている。
日の光を食べる。
トビの翼は上下に飛ぶことに特化しており、水平に飛ぶのは苦手。
日の落ちた夜はホバリング状態で眠る。
死ぬとその体は重力にしたがって落ちていき、灰になる。
その灰から子供のトビが生まれ、そして上を目指し始める。
トマリ…イトスギの枝に止まってほとんど動かず生涯をすごす。
風を食べる。
トサカと尾羽でバランスをとり、足の爪でがっちり枝をつかんでいる。
死ぬと灰になり、風にあおられて別の枝に移り、そこから子供のトマリが生まれる。
トビとトマリは生態が全然違ってお互いも違う生き物だと思っているけど、
実はもともと同じ種族(トリ=フェニックス)で、お互いがお互いの欠けたところを補えると気付いてない。