鉄獄より愛をこめて 19F

”これを着ると古い火傷跡が痛む。”

承太郎と花京院が地上に戻ると、何やら空き家だったはずの建物の前で、人がざわざわしていた。

「何かあったんですか?」
花京院は野次馬らしき一人に声をかけた。
「ここに博物館ができたんだよ」
「へえ。博物館だってさ、承太郎」
「何か寄贈したいもんでもあるのか?」
「え、そうだな。拾ったけど使い道のないアーティファクトとか、木の像とか?」
「せっかくだし何か探すか」
「そうだね」
それで二人は倉庫に足を運んで、適当に突っ込んだいらないアイテムをゴソゴソした。以前グレーター・ヘル=ビーストを倒した時に手に入れたTシャツが出てきたので、花京院はこれを博物館に寄贈することにした。承太郎の方は、何やらユニークモンスターのものらしい骨を持ってきた。そこで二人で、できたばかりの博物館へと冷やかしに行った。
中に入れば、同じようにアイテムを持ってきた冒険者がいるのだろう、すでにぽつぽつと像や人形、ダンジョンで使えないしょっぱそうな武器などが並べられていた。
「あのー、すみません。アイテムを寄贈したいんですが」
花京院が声を上げると、
「はい、お待ちくださいね」
と声がして、館長が姿を見せた。そして固まった。花京院も固まった。承太郎は、花京院と館長の顔を見比べて、「まさかだろ」と呟いた。
博物館の奥から出てきたその男は。ふわりと揺れる赤毛、切れ長の目、少々大きな口、色の白い肌、……全てが全て、花京院と瓜二つだった。
いや、目の色だけは違う。彼の目は、薄い紫色をしていた。
「え……え? 承太郎、僕、幻覚の状態異常にかかっているのか?」
「いや、俺にも多分、お前と同じものが見えてるぜ」
「………お客さん、出身地とご両親のことをお聞きしても……?」
「僕は辺境の地生まれです。母は20年ほど前に死にました。父親のことは知りません」
「あなたの………年齢は?」
「46歳です」
「あなたの……お母上の…髪の色は黒、目の色は黄色でしたか?」
「……その通りです」
花京院がそう言うと、館長は「ああ!」と小さく叫んで、そしてがばりと花京院に抱きついた。承太郎はとっさに斧に手をかけたが、それを振るうことはできなかった。
「ずっと探していましたよ! ようやく会えましたね! わたしの…かわいい……息子よ!」

テンメインと名乗った館長は、二人を博物館の奥のスペースに招き入れ、お茶を出した。

「ええと、そちらの方は…」
「俺の名は承太郎。こいつと二人でダンジョンを潜っている」
「二人で?」
「ああ」
「ですが、あなたは……バルログですよね?」
「もちろんだぜ」
「ええと……」
テンメインは一瞬困ったような顔をしたが、すぐに笑顔を見せた。
「いいでしょう。今はとうとう息子と会えたことの方が大事ですから」
「あの……本当に、あなたが僕の父親なんですか?」
花京院は恐る恐るといった様子で尋ねた。
「ええ。この顔が、何よりの証拠でしょう」
「まあ……確かに」
そう言い切られて納得してしまうほど、彼の顔と花京院の顔はよく似ていた。気色悪いくらいだ。彼の方が少し笑い方が柔和であるくらいしか、違いが見つからない。
「あの、あなたのことを尋ねても?」
「もちろんですよ」
彼は微笑んで、自分のことについて語り始めた。
「わたしはテレリ族のエルフです」
「ということは、あなたはハイエルフなんですか?」
「ええ、そうです。テレリ族といえば黒髪や銀髪でしょう? ですがわたしはこのように赤毛なので、昔から変わり者扱いされていましてね。だったらハイエルフらしくないことをしようと思って、人間の町を渡り歩いていたのです。あなたの母上とはそこで出会いました。わたしたちは愛を育んだのですが……わたしが彼女を、故郷に連れて帰りたいと言ったその次の日に、わたしの元から去っていってしまったのです。そうですか、亡くなっていたのですね……」
花京院は、母親が彼から逃げた理由が、少し分かる気がした。人間の町娘が、ハイエルフの世界で生きてゆけるはずがない。
「それでわたしは、彼女と、そしてお腹にいたはずの子供を探しに出たかったのですが……ちょうど40年ほど前、冥王モルゴスの軍勢が、故郷の近くをうろついていた件で、帰らざるを得なかったのです。それが収まってあなたたちを探し始める頃には、もう手がかりを見つけることすら困難だったのです。ああ! 早くに探し当てることができなかった父を許してくれますか?」
「はあ……まあ…」
花京院としては、困惑することしかできなかった。そんなことを言われても、顔も名前も知らなかった父親に、別に恨みも何もなかったし。というか片親がいるだけで恵まれている方だったし。
テンメイは感極まったような顔をしている。……承太郎はあくびをしている。正直僕もあくびしたい。この人、話が長い。
「ですが見つかったからには、もう何の心配もいりません。わたしと一緒に故郷に帰りましょう!」
「は…ええッ!?」
「何言ってやがる!?」
眠そうにしていた承太郎が突然大きな声を出したので、テンメインは驚いたような顔をした。
「当然でしょう? わたしの血を引いているのですから、長たちにも顔を見せないと」
「いやいやいや……僕はハーフエルフですよ」
「愛をもって生まれた子供に血は関係ありません」
「なんか矛盾してませんか……」
花京院は頭が痛くなるのを感じた。駄目だ、話が通じないタイプだ。
「血は関係ないとして、今の僕は“鉄獄”を潜る冒険者なんです。だから、」
「 “鉄獄”!? そんな危ないところに!? 今すぐやめなさい!」
あ、本格的に駄目なやつだ。
「承太郎」
「おう」
「逃げるぞ!」
花京院の声を合図に、二人とも椅子を蹴って立ち上がり、出口に向かって駆け出した。ちゃんとお茶もこぼしておいたので、テンメインは気を取られて「え!?あ!!」などと言っている。その隙に二人は、博物館から逃げ出した。

「どーすんだ、あいつ」

「どうするもこうするも、無視でいいよ」
「……お前の父親だろ」
「ドッペルゲンガーにしか見えないし、何か言ってきてもスルーしよう。スルー」
「それでいいのか?」
「いいよ。僕を探してこの町に来たみたいだし、無視してて諦めたら故郷とやらに帰るだろう」
「そうか」
花京院はこの時、この話はこれでお仕舞いだ、と思っていたのだ。