鉄獄より愛をこめて 17F

”実存と非実存の間を行ったり来たりしている。”

承太郎は浮遊の指輪を用意した。花京院は武器に浮遊の効果が付いている。二人はアングウィルを出立して、海へと向かった。

承太郎の体は、指輪から出てきた光に包まれて宙に浮いた。花京院は武器(ちなみにスピアである。武器としては用いられずに効果の付いたアクセサリ扱いされている)の柄に座って空を飛び、それで海へと繰り出した。
海には鋭い牙を持ったシャチやら体のでかい、それにヒドラが出る。そういったものは、わざわざ戦わずに逃げるが吉である。何事もなくズルのある地に降り立って、承太郎と花京院は町へと向かった。
ズルは四方を山に囲まれている。山の麓まで来てから、二人はまた浮遊アイテムを身につけた。この辺りはとても寒い。山頂付近に雪が積もっているのが見える。眺めはなかなかいい。
町は山頂近く、山肌に接するように存在していた。岩を切り抜いて建物にしているところもある。治療師のいる建物もその一つで、大きな岩にぽつぽつと穴が開いて窓になっている。
承太郎と花京院はその建物の入口に向かった。ちょうどその入り口の扉に手をかけて、こちらに気付いて振り向いた人物がいる。背の低い、ひげを蓄えたホビットである。
ホビットはバルログを見上げて不審そうな顔をしたが、その後ろにいたアルビノのハーフエルフを目にして、納得したような表情になった。
「突然変異だな」
「はい。治してもらいたいと思ってやってまいりました」
「ちょっと待ちな、今店を開ける準備をするから」
ホビットは店内に入ると、椅子に座って煙草をふかした。ホビットといえば、無類の煙草好きで知られている。どうやら店の準備というのは、それだけだったようだ。
「アルビノだけかい?」
「はい。他にはないです」
「じゃ、こんなもんだな」
店主が提示した金額は、決して安いものではなかった。けれど出せない額ではなかったし、彼以外には治せないのだから仕方がない。
花京院は治療代を支払った。それを受け取って、ホビットは立ち上がった。それから花京院を部屋の真ん中に立たせる。「あんたはそこで見てな」と言われ、承太郎は廊下の隅に頑張って縮こまった。
ホビットは煙草をふかしながら、何やらぶつぶつ唱えて花京院の周りを回った。やがて室内が真っ白に染まっていく。承太郎の目からは、すっかり煙に隠されてしまって花京院が見えなくなった。
不意に、ぱっとその煙が消え去った。そこにいたのは。花京院のふわりと揺れる赤毛はふわりと揺れ、きらりと輝く黄緑色の目はきらりと輝いた。
つまり、彼は元の花京院に戻っていたのだ。彼は自分の肌の色を見て、ほっと息を吐いた。
「耐久力も戻ってきた感じがする。よかった」
承太郎も頷いた。
「ああ。助かったぜ、親父」
「はは、バルログよりかは年下さね」
ホビットはそう言って笑った。元に戻った花京院は、承太郎と連れ立って店を出て、宿を探した。「二人かい?」と驚かれるのは毎度のことだ。
「やっと本調子だ。よかった」
そう言う花京院を見て、少し、ほんの少しだけ残念に思ったのは、承太郎だけの秘密だ。