鉄獄より愛をこめて 10F

”哀れで愚かな冒険者が近づいて来るまでは普通のクロークに似ている。”

さて承太郎と花京院は、面白おかしく“山”を攻略した。彼らは絶好調だった。今の彼らに怖いものなど何一つなかった。それは気分の問題でもあったが、単純に、彼らの能力がお互いを補えるものであったことも大きい。

承太郎は補助魔法を非常に不得手としていたが、花京院はそのプロフェッショナルであった。花京院は接近戦がてんで駄目であったが、それは承太郎の得意とするところだった。彼らの前ではオーガも雑魚に過ぎなかった。
これといったアーティファクトはまだ入手できていないが、いくつか有用なエゴアイテムは手に入った。冒険は順調だった。あれを拾うまでは。
それは一見、普通のクロークに見えた。承太郎がそれに近付き(今では承太郎の方が先を歩くようになっていた)見聞しようと手を伸ば――そうとして弾かれたように斧を抜いた。あわやというところで、クロークに化けていたクローカーの魔手を斧でガードする。
承太郎がその斧を振り上げる間もなく、花京院が唱えた破滅の矢の魔法がクローカーの体を焼いた。クローカーは布を裂くような悲鳴を上げ、そのうちに動かなくなった。
承太郎は、クローカーの燃えカスの中からクロークを取り出し、ぱたぱたと灰を落とした。
「花京院、クロークはいるか? 俺はちょうど間に合ってるんだが」
「あ、欲しいな。今たいしたエゴのやつ持ってないんだ」
花京院は承太郎からクロークを受け取ると、ザックをごそごそやって鑑定の巻物を探した。
「駄目だ、ないや」
装備品というものは、鑑定してから身につけるものである。鑑定手段がないならば、持ち帰って倉庫の中の鑑定の杖なり巻物なりでチェックするのが常識だ。
花京院はそのクロークをザックの中に突っ込んだ。

それから二人は、やっぱりさくさくとダンジョンを進んだ。

「……! 承太郎」
「何が来てる」
「ハウンドの群れだ。これは…コールド・ハウンドだな」
承太郎が斧を構える。花京院は承太郎に向かって魔法を唱え、冷気の二重耐性を張った。
だがしかし、ご存知の通りハウンドは足が速い。花京院が自分に冷気の二重耐性を張る前に、やつらが姿を見せた。次々に冷気のブレスを放ってくる。それを耐性のついた承太郎が受け、花京院が承太郎に治癒魔法をかける。
ハウンドたちは数が多く、承太郎がかばいきれずに花京院にブレスが届くこともあったし、花京院の魔法が承太郎を避ける関係で外れることもあった。けれどどちらも大きく戦況を左右するものではなく、やがてハウンドたちの鳴き声は静まった。
「くしゅん!」
承太郎は背後を振り返った。
「おい花京院、大丈夫か?」
「ああ、たいした問題じゃあない。ただちょっと、……っくし! 寒いだけだ」
「なんかねえか」
承太郎は自分のザックに手を突っ込んで探った。花京院も自分のザックを覗きこんで、先ほどのクロークを見つけた。
「ああ、クロークか。こっちの方が分厚いから暖かいだろう。着とけ」
「そうするよ」
花京院は自分の薄手のクロークを脱いだ。承太郎が彼に、厚手の方のクロークを着せてやる。途端、花京院は喉の奥がひゅっと凍えるような感覚をおぼえた。
まさか。
慌ててクロークを脱ごうとするが、体にべったりくっついて離れない。
「おい、」
「さむい、さむい、さむい……!」
呪われてんのか!」
承太郎は花京院の体を抱きかかえた。
呪いのアイテムは無理に引き剥がそうとしても、逆に強く体に食い込むだけだ。抱き上げた花京院の軽い体は、ぞっとするほど冷たかった。
その顔は色を失い、歯がガチガチ鳴っている。これはもしや、ただの呪いではなく、強力な呪いかもしれない。彼の腕も震え、魔法書を持つ手すらおぼつかない様子だ。
承太郎は数秒前の自分に向かって舌打ちして、ザックの中をあさり、帰還のロッドを取り出した。一度、振るっても何も起こらない。二度、三度。
「くそッ!」
焦っているのが悪いのは分かっているのだが。
は、と気が付けば、承太郎と花京院がいる通路へ向かって、何かの物音が近付いてきている。それも、通路の右側でもなければ左側でもない。
……壁の中だ!
承太郎はロッドをザックに突っ込んで駆け出した。花京院が腕の中でひゅうひゅう言っている。
ズズズ、と嫌な音がして、壁の中から幽体のデス・ドレイクが姿を現した。口の周りに黒い炎のようなオーラが漂っている。
マズイ。
デス・ドレイクが吐き出した地獄のブレスが、承太郎の体を焦がすまさにその時に、突然花京院が身を起こした。そして、自分を抱いている承太郎の上半身を押しのけるようにして、ドレイクのブレスをモロに受けた。
「花京院!?」
しかし彼は、真っ青な顔をしてはいたが、地獄のブレス自体は何もこたえていないようにケロリとしていた。それから、震えながらも魔法書をめくり、ファイア・ボールの呪文を唱えた。デス・ドレイクは風が吹きすさぶような声を出して、また壁の中に入って行ってしまった。
花京院はその方向を見つめたまま、ぎゅうとクロークを握った。するとその握ったところから、だんだんに彼の輪郭がぼやけていった。とうとう最後には、花京院の体は不気味な緑の光に包まれて、全体がすっかり半透明になってしまった。抱いている承太郎のその腕が、透けた向こうに見えるほどだ。
花京院は幽体となって起き上がり、デス・ドレイクが消えた壁の中へ、自分も入って行った。それから数刻のち、遠くから先ほどのデス・ドレイクの悲鳴が聞こえた。先程よりいっそう悲痛であったから、おそらく断末魔のそれだろう。
もう少し待てば、やがて花京院が壁の中から姿を見せた。うっすらした体が重さを取り戻してゆく。
実体に戻った彼のふらつく体を支えて、承太郎は
幽鬼のエゴか」
と言った。
「うん、そうみたいだ。腕力とか耐久力とかのステータスが下がっているみたいだし、さっきから全てが怖くて怖くて仕方がない。でもこのエゴには地獄の耐性が付いているし、発動させれば幽体化できるから、そんなに悪いものじゃあないよ」
「冗談じゃねえ」
承太郎の声が思いの外強く、花京院はビクリとすくみあがった。
「てめーが消えそうになって、俺がどんな気持ちだったと思ってやがる。とっとと帰って*解呪*すんぞ。そんなもん早く脱げ」
「あ……うん」
承太郎の機嫌が妙に悪い理由も分からず、花京院は帰還のロッドを渡されて、二人で手を繋いだままそれを振った。