鉄獄より愛をこめて 6F

”いや、ちょっとまてよ?だんだん大きくなってくるような…。”

ダークエルフの死体をいくつか、承太郎が食料としてザックに放り込んで、彼らは探索を再開した。

二人がある部屋に足を踏み入れた時、突然目の間にパッとモンスターが現れた。テングだ。こいつはテレポート系の魔法が得意で、自分が自在にテレポートするにとどまらず、相手をもテレポートアウェイさせてくる。承太郎はとっさに花京院の手を握った。また離れ離れになってしまうのは避けたい。
テングはショートテレポートの呪文を唱え、花京院の背後にテレポートした。花京院は破滅の矢の呪文を口にし、それはテングの体を焼いた。
テングの悲鳴が聞こえなくなって、ようやく花京院はふぅと息を吐いた。
「厄介な魔法をかけられなくてよかった。………承太郎、君、いつまで手を握っているつもりだい?」
「あ? ああ、悪ィ」
その手がぱっと離されて、そうしてみると、少々寂しい気もする。……寂しいだなんて感情、僕の心のどこに生きていたのだろう?
承太郎は花京院をじっと見下ろした。
「ん、何だい?」
などという彼の顎をつかんで上を向かせ、しっかり視線を絡ませた。
「なん…だい、承太郎……?」
「今のはただのテングだったからよかったが、この辺の階層はもう、ゆっくりとしか進めねえ」
「そうだな」
「そして、ここに来るまでで、かなりたくさんのアイテムを拾った」
「……そうだな」
「そろそろ*鑑定*して手持ちの武器や防具と比べたい」
「ああ」
「それに、さすがにそろそろ薬や巻物の補充をしてえ」
「そうだな」
その次に言われる言葉を、それがもう何かははっきりと分かっているのに、何故だか聞きたくない気がして、花京院は目を閉じた。そのまぶたの上に、何やら熱くて硬いものがそっと触れる。指だろうか?
それはすぐに離れ、今度は唇に同じ感触が下りた。本当に一瞬のことで、花京院が不思議に思って目を開けても、ただ黒いバルログが見下ろしてきているだけだった。
「……帰るぜ、地上に」
「……ああ」
承太郎が手を差し出してきて、花京院はその上に自分の手を置いた。黒くて大きくて鋭い爪の生えた手が、白い手を握りしめる。ちょっと痛いくらいだったが、花京院は何も言わなかった。
承太郎は空いた手でザックから帰還ロッドを取り出し、大きく振るった。最初は失敗だった。承太郎はもう一度ロッドを振った。次も、何の反応もなかった。そしてその次も。花京院はつい、くすりと笑ってしまった。
「いや、すまない。パラディンが魔道具を使うのがあまり得意じゃないのは知ってるさ」
花京院も空いた手を伸ばし、承太郎の手に添えた。二人で一緒にロッドを振るえば、それは淡い光を放って、帰還の準備ができたことを示した。
「あと数ターンだね」
「ああ、それで……」
それでお別れだ。
だったらどうなんだ、と花京院は思った。元々一人で死にかけていたんだし、このバルログが僕を殺さずにダンジョンから出してくれるなら、これ以上ない儲けものだ。だったら。だったら僕は、何を求めているのだろう?
二人が手を繋いでいくらか歩くと、不意に体全体がぐいと引っ張りあげられる感覚に襲われた。承太郎が花京院の手を強く握る。花京院も、その手を強く握り返した。