鉄獄より愛をこめて 12F

”あなたはこのモンスターを少なくとも 82 体は殺している。”

辺境の地のハンター事務所に『手負いの熊』を引き渡すと、所長は二人連れであることに訝しみながらも、報酬のスピードの薬を手渡してくれた。花京院はそれを受け取って、当然のように自分のザックの中に入れた。承太郎も当然のようにそれを見ていた。

スピードの薬を使いたいのはどちらかといえば前衛の承太郎の方だが、片手を空けて自分で飲むより、花京院に投げつけてもらった方が、隙ができなくて効率がいいのだ。
それが済むと承太郎は、花京院が元々店をやっていたところを見たがった。
「この前も言ったけど、ほとんど全て持って行かれてしまったから、僕が店主だった頃の名残なんて、これっぽっちもないよ」
「ああ、別に構わねえ」
そこで花京院は、町の入口近くにある小さな店に彼を案内した。
そこは簡素な雑貨屋で、ちょっとした食べ物や、油つぼや矢などの消耗品を置いているところだった。店主のドラコニアンはちらりと二人の方を見たが、むっつりと黙ったままだった。
「あいつに店を売ったのか?」
「いや、僕からここを買い取ったのはドワーフだった。また店主が代わったんだろう」
二人はドラコニアンから高級エールを買って店を出た。高級というのはラベルに「高級」と書いてあるだけの話で、別にそうまずいわけではないが、ものすごくうまいわけでもないという代物だ。
「しかし君、人間の食べ物や飲み物は栄養にならないんじゃあなかったか?」
「ああ、パンやワインでは腹は膨れねえ。だが味は分かる」
「ちょっと羨ましい気もするな」
そんなことを話しながら二人で宿に赴き、空いている部屋が二つあることを確認する。宿屋の店主は妙に仲の良さそうな二人をじっと見ていたが、花京院が、
「それじゃあ君の部屋で飲もうか」
と言ったのに目を丸くして、
「あんたら冒険者じゃないのか?」
と聞いてきた。
「いや、僕らは冒険者だ」
「二人で行動してるのか? まさか……」
「そのまさかだぜ。俺とこいつはコンビでダンジョン潜ってる」
「そんなことが……いやしかし……」
「あんだよ、何か文句でもあんのか?」
「やめろよ承太郎、今夜泊まる宿だぞ」
「いや、すまない、驚いて。あんたらが冒険者なら、頼みたいことがあるんだ」
承太郎と花京院は顔を見合わせた。クエストか。
「二人で受けよう。どんな内容だい?」
店主は戸惑いながらも依頼内容を話し始めた。
「実は最近この町に、ダークエルフが何人か来ましてな。酒を出して泊まることもできる、小さな宿を始めたのですよ。私は商売敵はいりません。そこで…」
「彼らを殺してくればいいってことですね」
「話が早くて助かります」
もし承太郎と花京院がそちらの宿に泊まっていたら、そのダークエルフたちからこの店主を殺すように頼まれていたことだろう。彼はラッキーだったということだ。

晩になり日が落ちてから、二人は件のダークエルフたちが構えたという店へ足を運んだ。裏口の鍵は承太郎が錠前ごと壊した。どうせ訴えてくる相手はこれからいなくなるのだ。

承太郎はとりあえず戸口に置いておいて、花京院が暗い室内へと足を踏み入れた。番犬役のストーン・ジャイアントが数体、スタンウォールも通路にいる。
それから――花京院は音を立てずに舌打ちした。閾に棲む者がいる。召喚魔法を放ってくるあいつらは、とにかく即効で倒してしまいたい。
花京院は承太郎に合図をした。彼らが部屋へ入ると、ストーン・ジャイアントがぱちりと目を開く。そこから巨人が歩き出す前に、花京院が放ったカオスの球がその頭を破裂させた。他の数体のストーン・ジャイアントが近付いてくる。承太郎と花京院は二手に別れ、一体、二体と巨人を倒していった。
物音に気付いたのだろう、閾に棲む者が動き始めたようだ。突然、承太郎の体の周りをブルーホラーたちが取り囲んだ。承太郎が斧を振り回して応戦する。
その隙に、花京院が奴らの脇をすり抜け、閾に棲む者たちへと魔法を叩き込んだ。ギ、という声もほとんど上げられず、それらは息絶えた。
承太郎の方もあらかた倒し終わったようだ。スタンウォールは動かないし増殖もしないから、後回しでいいだろう。
二人は目配せしあって、最奥の部屋へと踏み込んだ。ダークエルフは四人。物音に起き出してきたのだろう、まだよく事態を把握できていない顔で、小刀を手に集まってきている。承太郎と花京院は彼らに向かって魔法を放ち、一人ずつ順に仕留めていった。
部屋の中が静かになってから、二人はアイテムや貴重品を物色した。それが済んでから、良い知らせを手に宿へと戻る。店主は大いに喜び、どこだかのツテで手に入れたという、不思議な光をたたえた瓶のようなものを報酬に寄越した。
ついでに宿代もタダにしてくれたので、承太郎と花京院はありがたく好意を頂戴することにした。とはいえ殺し合いの後なわけで、まだ体が興奮していて寝付けそうもない。
花京院は承太郎の部屋へ遊びに行くことにした。何が起こるのかも知らずに。