花京院市について 3.応答を待っています……

 
ポルナレフは3回目のコーヒーのおかわりを要求した。
こんなに待たされたのは初めてだ。
「警察の事情聴取よりパソコンの修理の方が大事だって?」
あまりに暇なので事務員に話しかけてみるが、
「パソコンではありません。壊れたわけではないので、修理でもありません」
とすげない返事だ。
「政府のお墨付きのロボットだもんな。壊れるわけねえか」
「ロボットでもありません。……いいですか、壊れない機械はありません。不具合の起こらないシステムも存在しません。『花京院』は人命にすら影響するミッションクリティカルな管理機構ですから、たとえ一部が故障しても問題なく動くようになっているのです」
「…何言ってんのかさっっっぱり分かんねえ」
 

ポルナレフが事務員との会話を諦めたちょうどそのとき、向かいの扉が音もなく開き、待ち人が姿を見せた。
ポルナレフは、研究員と言ったら白衣、エンジニアと言ったら油に汚れたツナギだと思っていた。
それで、派手な帽子とコートを身につけた、けれどそれが似合っているずいぶん整った顔の男が出てきたとき、短く口笛を吹いた。
ポルナレフはそういう仕草が許される人間だったし、相手の承太郎はそういうことを気にしない男だった。
承太郎は簡単に名乗った後、「こちらへどうぞ」と言って歩き始めた。
その後を追いながらポルナレフが気付いたことには、この都市の自動ドアは歩行の速度を緩めさせないということだった。
ふつう自動ドアと言ったら、その前に立ちセンサーが反応して扉が開く「間」があるものだが、ここにはそれがない。
扉に向かって歩いている最中から開き始めるようになっているのだ。
それはつまり、「自動ドアを開かせるためのセンサーがその付近についている」のではなく、「あらゆるところに多目的のセンサーがついている」ことを示していた。
 

承太郎は大またでずんずん歩き、とうとう裏口から建物の外に出てしまった。
「おいおいあんた、どこに行くんだ?」
「申し訳ないが、外部の人間を中枢管理機構の元へ案内はできない…それに、歩きながら話したい。場所はどこだってそう違いはないが、屋外の方がマシだ」
最後の方はほとんどささやくような小声だった。
この研究者が何を知っているのかはまだ分からないが、何かを握っているのは間違いない。
 

「俺は簡単な傷害事件の処理に来たつもりだった。もっと何かあるっていうのか?」
「分からん。杞憂かもしれん。あんたが信用できる人間だという確証もない。だがこれを話すのなら外部の人間だろう」
そう言って承太郎は、公園へと入り込み、どんどんその奥へと歩いていった。
「なんだよ、そんな人に聞かれちゃ不味い話なのか?」
「人じゃなくて『花京院』だな。ほとんど無意味だが。この公園にも、たとえばトイレの中にだって花京院の感知器がついてる」
「トイレの中ぁ!?プライバシーも何もあったもんじゃあねーな!」
「トイレの中で倒れられたら困るだろ。それに、そういう個人レベルの情報は、花京院が収集しても俺ら人間には見れないようになってる」
「で?その『花京院』とかに聞かれたら困ることってのは何だ」
「あいつは俺に惚れてるらしい」
「……………………は?」

 
 

二人の間を小鳥が飛んで過ぎていった。
風は心地よく木漏れ日を揺らしている。
爽やかな午後。
ポルナレフは眉をひそめて、「で?」と言うことしかできなかった。
「それで仕事がおろそかになって、その結果が今回の事件らしい。誰か『個人』に偏って動くような設計はしてねえから細かいところは調査中だが、影響範囲が分からねえから単純に俺の情報を削除または無効にするってのも…」
「ちょ・ちょっと待てよ、俺はコンピューターなんか全く分からんが、花京院がお前さんに惚れてるっていうなら、結ばれるか諦めさせるしかねーんじゃあねーの?」
「『結ばれる』?」
「えー、だから…恋人になったり結婚したり…」
「あいつは中枢管理機構だから、そんなことはできんぞ。『諦めさせる』ってのはどういうことだ」
「恋愛相談かよ!お前の気持ちには応えられないとか、お前のことなんか好きじゃないとか言ってやればいーんじゃねーの!」
「俺は……」
 

突然、腹に響く衝撃があり、地面が大きく揺れた。
ポルナレフはとっさに頭を庇って地面に伏せたが、承太郎はぼんやり立ち尽くしたままだった。
「びっくりした、地震か?」
「…いや、今のは寧ろ、地震緩和装置の振動だな。なぜ実際の地震が起きていないのにあんな揺れが起こったのかは分からんが、少なくとも花京院の仕業には違いない」
「その通りだ。」
突如声がかかり、二人が振り向いた先には長い前髪をたゆたわせた少年が立っていた。
「初めまして、ジャン・ピエール・ポルナレフ巡査。」
「お前が花京院か?」
「はい。ただし『この姿をしている僕』は花京院の一部に過ぎません。本体の大きなコンピュータがリモコンで動かしている、喋るロボットだと思ってください。」
少年が柔和に微笑むので、ポルナレフも気安く笑いかけた。
「すげーな、人間みたいに見えるぜ。で、なんだって地震なんか起こしたんだ?」
インターフェイスは更に笑みを深くした。
「気に入らなかったからです。」
「何?」
ガゴン、と大きな音がした。
火災防止用の壁が地面からせり上がってきて、それをまだぼんやり見ている承太郎の四方を囲もうとした。
「何してんだッ!」
その腕を掴んで壁の内側から引きずり出し、ポルナレフは走り出した。
承太郎もつられて惰性で走り出したが、ポルナレフが振り向きざまにインターフェイスへと発砲すると、「おい止めろ!」と声を荒げた。
「あいつ、ロボットの癖に人間に抗ってやがるんだぜ!?放っておくと危険だろ、俺が壊してやるよッ!」
「…少なくとも、『あいつ』を壊すんでは無駄だ。あいつは対話用の付属機器でしかねえ、本体にダメージはねえ」
「じゃーその『本体』まで案内しろ!」
 

公園から出た承太郎とポルナレフは、あからさまな交通規制――いつまでも変わらない赤信号、道路封鎖用のたくさんのポール、開かない踏み切り、通行止めの柵――を無視して、町の中心へと走っていった。
「だが、花京院の本体は複数ある。壊れない機械はない、一つが壊れても他がカバーして動くようになってんだ。しかも自己修復機能も充実してる」
「ったくメンドくせえもの作りやがって!どうすりゃいいんだよ?」
「…普通、機械を壊すには物理的に破壊するのが一番なんだが」
そう言って、承太郎はポルナレフの腰の武器を一瞥した。
「だが花京院の本体は……機器調達の詳細まで知らされてねえから詳しくはねえが、コストがかかりすぎて実用化されてない軍事用の部品を使ってる。あんたの携帯してるガンじゃ太刀打ちできねーな」
ふいに、歩道を走る二人の目の前、建物の扉が突然大きく開き、ポルナレフの顔面に直撃しそうになった。
「~~~~~っぶねー!!おいおい何だよ、人間様相手に攻撃までしてくんのか!?つーか承太郎には攻撃しねえのかよ!」
「あいつは俺に惚れてるからな」
「誇らしげにすんな!どーすんだよ、止める方法はねえのか?」
「………ある。だが二箇所を同時に操作しなくちゃならねえ。ただ、この町の電話は全て花京院が管理してる。離れて指示を出す方法を考えなくちゃならねえ」
「だったらこれを使えばいい」
ポルナレフは得意げに、一昔前の通信機器を一対取り出した。
それらだけで通信できるハンディ型の無線機だ。
承太郎は不恰好なそれを片方受け取り、彼らは二手に別れて走り出した。