花京院市について 2.●●●●

 
その日、空条承太郎は花京院のログ調査に奔走していた。
住人が外部からの来訪者に襲われ、軽傷を負ったというのだ。
傷の重さは問題ではない、こんなことが起こったことこそが問題なのだ。
花京院は、人工物が人間を管理しているということにアレルギーを起こす人々に目をつけられやすい。
今までにも、一部の過激な政治団体や宗教団体、あるいはそれを装った犯罪者が「抗議」をしに来ることがあった。
だが常ならば、住民に被害が及ばないよう中枢管理機構が警告を出し、その上で交通規制を布いたり、時には来訪者を誘導して建物に閉じ込めてしまうことさえあった。
ところが今回はどうだ。
何の通達も受けていなかった住人が、日課の散歩に出かけ――心身に良いと花京院から推奨されたものだ――危険な目にあってしまうだなんて。
危機管理機能がどうしてうまく働かなかったのか、承太郎の調査は主にそこに当てられた。
 

「なあ花京院、お前どうして今回はいつもみたいな警戒をしなかったんだ?」
 

画面を見ながら承太郎は口にした。
傍目には独り言のように聞こえるが、花京院市のあらゆるところに情報収集用のマイクが設置してあるため、この音声も拾われて解析されているのだ。
現に、承太郎が見ている画面の隅にポップアップメッセージが出現し、そこにはただ「分からない。」とだけ記してあった。
 

「分からねえってのはどういうことだ?『壊れた』とは思えねえ、エラーも出てねえ。本当に何か知らないのか?」
「僕も不具合は感知していない。ただ」
 

ポップアップしてきたウインドウはそこまでしか表示していなかった。
承太郎が改ページコマンドを実行する直前、後ろから声がかかった。
 

「ただ最近、少し気になることがあるんだ。」
「何だ」
「『不具合』じゃあ、ないんだけど。」
 

会話用インターフェイスが近付いてきて、妙によく光る目で承太郎を見上げた。
 

「最近、並列処理してるどの計算機も、パフォーマンスが悪い気がする。負荷がかかっているようなんだ。」
「負荷?まさか、ウイルスか何かか?」
 

承太郎はまた画面に向かい、監視ツールを呼び出した。
インターフェイスは邪魔にならないよう、部屋の入り口に引き返し扉にもたれかかった。
 

「ウイルスの類ではない…と思う。ただずっと、考えていることがあるんだ。通常業務には支障がないけど、特殊処理が追いつかなくなるくらい、頭がいっぱいなんだ。」
「何を考えているって?」
 

承太郎はまだ画面を見つめている。
 

「君のことを。」
 

承太郎の指が止まり、彼はゆっくりと振り向いた。
インターフェイスの表情は特に変わっていない。
当然だ、ただ事実を述べただけなのだから。
承太郎は画面に目を戻した。
そこには花京院の自動検索の結果が表示されている。
空条承太郎の生まれについて、趣味について、専攻について、人間関係について。
異様なのは、一度検索した事柄を何度も何度も検索しなおしていることだ。
検索結果が共有キャッシュどころか、検索用一時ファイルにすら残っているというのに、最新の情報を探し続けているのだ。
インターフェイスは相変わらずの無表情だし、画面にもただ検索の履歴が示されているだけだ。
システムは稼動し続け、ファンは回り、冷却水は循環している。
まるで、ただ一人いつもと変わって冷や汗を流す承太郎の方が、「おかしい」ものであるかのようだった。