花の種 – 三夜目

 
子どもがなかなか生まれない。
花京院の腹は、とっくに孵化して成長を続ける子どもを孕んで、はちきれんばかりに膨れ上がっていた。
もう今にでも生まれそうに見えるのに、なかなか降りてこない。
花京院の心配事は、女王の体調だった。
いつものサイクルなら、もう既に次の卵を作っているころである。
出産を促すため、腹を抱えてあちこち歩き回っていた花京院は、自室を出たところ、つまり承太郎の私室で、女中に付き添われた一匹のオスに出会った。
自分も含め、こんなところにオスがいる理由はひとつしかない。
彼は花京院の腹に目を留めると、ふんと鼻で笑って、承太郎の寝室へと入っていった。
それ以上出歩く気になれず、花京院は自室へ飛んで帰り、部屋の隅で声を殺して泣いた。

 

花京院にとって地獄のような数時間が過ぎたのち、承太郎の側近の女中に声をかけられた。
「女王さまがお呼びだ」
「……僕を?」
腫れた目もそのままに、それでも従順についていき、承太郎がそれを望むのなら、胸が張り裂けるのも受け入れよう、と寝室へと足を踏み入れた。
ところが花京院の予想に反して、そこには承太郎ひとりしかいなかった。
一瞬、おやあのオスはどこへ、と思ったが、承太郎が脚――脚、だけだ――を手にして、膝に当たる部分をかじっているのを見て、その行き先を知ることができた。
気が抜けたのか逆に昂ったのか、花京院は承太郎相手に出したこともないような声で詰問した。
「僕以外のオスと交尾したんですか」
「あァ?……いや、してみようかと思ったんだが、どうにも気が乗らなくて、やめた」
「それで、食べちゃったんですか……」
「それ以外に使い道もなさそうだったからな」
「ひどい」
花京院の涙に、承太郎は心底驚かされた。
快楽以外で泣く花京院を見るのは初めてだった。
「ひどいよ、承太郎……僕が、僕が承太郎に食べられたかったのに!僕の方が、ずっと承太郎のこと、好きなのに…!」
承太郎は、食べていた――というよりは、手持ち無沙汰にかじっていた――脚を放り捨て、泣きじゃくる花京院を抱きしめた。
「花京院、俺が悪かった。どうせお前以外のガキはいらねえんだ。もうお前としか交尾しねえ。だが」
きつく抱きしめられて、しゃくりあげながらも承太郎の背中に腕を回す花京院の、白い頬に軽く口付けて彼女は笑った。
「俺らの子をしっかり育てられるように、お前は五体満足じゃねえとな」
承太郎の体温を感じてか、大分落ち着いて花京院は頷いた。
そんな花京院の様子に辛抱ならなくなって、承太郎は彼の腕を引いて寝台に引っ張り上げた。
「だ、だめ、だめだよ承太郎、交尾なんかしたら子どもが潰れちゃうよ!」
腹を抱えて訴えるものの、承太郎は自分の情欲を止められそうになかった。
ほんの少しの時間思案したあと、自分の体を寝台に横たえ、その上へと花京院を導いた。
驚いたのは花京院である。
今まで一度も、承太郎を見下ろしたことなどなかったからだ。
「じっ、じょう…!?何を」
「お前の腹に負担かけちゃマズいんだろ。今日はお前が上で動け」
「ええッ!?」
驚いて戸惑うものの、承太郎が、常ならば花京院のやるように脚を大きく広げたのを見て、喉が鳴った。
持って生まれてこなかった征服欲よりも、承太郎にこんなことをさせているという背徳感が、花京院を追い立てていた。
「……いいんですか」
「いいも何も、それが俺の命令だぜ」
にやりと不敵に笑う――花京院の好きな顔だ――承太郎に引き寄せられて、花京院は出っ張った腹を抱えながら、彼女の中へと入っていった。
「う、っふ、は、あっあ、ひゃあッ?!」
不意に、育児嚢の中の子どもが動き、花京院が高い声を上げた。
その腹を撫でてやりながら、承太郎はいつもよりは緩く腰を使った。
「あ、は、ああっ、はぁ、っあ…」
「いい、眺めだ、ぜ、花京院……でかい腹が、揺れてて…どうだ?自分で、動く、のは……はぁ、気持ちいい、か?」
「ああっ!っん、う、き、きもちい…です……あ、っあ、……じ、じょうたろ、は…?」
「…ああ、気持ちいい、ぜ……もう、お前以外、じゃ…反応しねえ」
「あう、じょう、たろぅ……す、すき、あっ、あああああ!」
「は……俺も、好きだぜ、花京院……俺が欲しいのは、お前の種だけだ」
欲するものを手に入れて満足した承太郎は、体を起こして花京院を腕の中に閉じ込め、触れるだけの口付けを与えた。