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鉄獄より愛をこめて - 38階


”この噂は真実ではない。”


そうして二人は、大陸の西から東へ、南から北へと町を渡り歩いた。
テルモラには経験値復活の薬は売っていなかったが、ブラックマーケットに体力回復の薬いい薬体力回復の薬、スピードの薬、魔力復活の薬などは通常の店では売っていない。深層に行けば行くほど拾いやすくなり、使い切りでない杖が拾えたり上位互換の薬も出てくるのだが、中盤までは生命線なのでブラックマーケットで見つけたらあるだけ買おう。が置いてあったので購入した。
アングウィルの寺院で経験値復活の薬を見つけたのだが、花京院が「もうちょっとだけ」と言って取り上げてしまった。
それから書店へ。
「やあ!」
「おお!久しぶりだな」
車椅子のアンドロイドは、変わらぬ髪型で出迎えてくれた。
「なんだあ?そっちのバルログ、あいつとの子か?」
「………バルログは生殖しねえ」
「はは、彼はあの彼だよ。経験値減少を食らって若返っちゃってるんだ」
「またずいぶんかわいい顔つきになっちまって!」
アンドロイドは嫌味のない様子で笑うと、「そうだ」と言って花京院に顔を向けた。
「あんたの魔法領域、カオスじゃなかったか?」
「ああ、よく覚えているな。カオスと自然だ」
「そいつはラッキーだな。実は今、『カオス魔導』カオス魔導カオスの領域3冊目の魔法書。通常、書店では2冊目までの魔法書しか置いていない。だがプレイヤーが3冊目や4冊目を売ると、即座にそれが店先に並ぶ。店には買取額の上限があるので、100倍以上の値段で転売されることもしばしば。が入ってきてるんだ」
「本当かッ!?」
花京院は目を輝かせた。
さすが3冊目といったところでかなりの金額だったが、”宝物庫”クエストの後だというのもあり、金貨袋は膨らんでいたので、その場で購入した。
「いやあ、助かったなあ。アーチ=ヴァイルに燃やされて困ってたんだ」
「おい、暗黒のはねえのか」
「暗黒の魔法書は悪いけど『暗黒祈祷』暗黒祈祷暗黒の魔法領域1冊目の魔法書。ゲームスタートから手持ちにある。しかねえなあ」
「チッ」
「お前ら、今暇なのか?」
「経験値復活の薬を探してたついでに、あちこち見て回ってるんだ」
「薬はさっき手に入れたから、そろそろダンジョンに戻りてえんだがな」
「もうちょっといいじゃあないか」
花京院が唇を尖らせると、承太郎は「やれやれだぜ」と言って肩をすくめた。
「時間あるなら俺と飲まねえ?お前らの話聞いてみたいしよ」
「ええ!?僕はいいけど…」
「俺もいいぜ」
「そうか!おーい、シェリー!」
アンドロイドが声を張り上げると、「はーい」と声が聞こえて店の奥から一人のアンドロイドの女性が姿を現した。
店主のアンドロイドより人工皮膚の部分が多く、かわいらしい見た目をしている。
「妹のシェリーだ。シェリー、少し店番頼めるか?」
「いいわよ、お兄ちゃん。そちらお友達?初めまして、シェリーです。でもお兄ちゃん、ダンジョンに入っちゃ駄目よ」
「分かってるよ」
そこで三人は、アングウィルの酒場へ向かった。
アンドロイドの名はポルナレフといい、彼はダンジョンでの冒険の話を聞きたがった。
ポルナレフはやはり元冒険者だったらしく、”鉄獄”やそこに住まうモンスターにも詳しかった。
「俺もアングウィルじゃあそこそこ名の知れた剣豪剣豪職業の一つ。殴りが強く、魔法の代わりに使える技も多彩。だったんだぜ。だが見ての通り、足をやられちまってな」
彼はふっと、酒の中にダンジョンの幻を見ているような顔になった。
暗く、かび臭く、骨が散らばっていて、一度足を踏み入れたなら、もう二度と普通の生活には戻れない場所。
「俺が死ぬなら、”鉄獄”だと思ってたんだ。足を持ってかれて、相手のモンスターはなんとか倒したものの、もう立ち上がれないと分かったときは、そこで自害自殺ゲームには自殺コマンドがある。ラスボスを倒したあとにこれでゲームを終わらせるプレイヤーも多い。その場合は「引退」扱いになる。しようかとも思った」
ポルナレフは一瞬穏やかな顔で目を閉じ、次にそのまぶたを開いて金属光沢のある瞳を見せたときには、もういつもの明るい彼に戻っていた。
「だが俺には、シェリーがいたからな。必死の思いで地上に戻って、今はあいつと二人で書店を切り盛りしてるってわけだ」
「そうなのか……」
花京院はふと、もし自分が足をやられたら、と考えた。
地上で何か店をやりながら、承太郎を待つ人生か。
悪くはない。
悪くはない、が。
「ま、俺らには縁のねえ話だな」
承太郎はそう言ってエールをあおった。
花京院も、笑って「そうだな」と言った。
僕が死ぬのなら、この男の隣でだろう。
承太郎が花京院を地上で待っているのではないように、花京院も承太郎を地上で待つなんてこと、できないに違いない。
ポルナレフと別れてから、承太郎は経験値復活の薬を飲んだ。
また背の高いバルログに戻った彼を見て、承太郎はやはりこの承太郎の隣が一番しっくりくる、と思ったのだ。


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