さて次の日、承太郎はアリーナの観客席にいた。 リングの向こうが何やら騒がしい。 どうやら”ラアルの”がアリーナのスタッフを焼きつくしてしまったようだ。 それからリングの上に、”ラアルの”が上げられる。 遠目に見ると、本当に魔法書にしか見えない。 赤っぽいから悪魔の領域かカオスの領域あたりか。 それからハーフエルフの紹介がなされて、花京院がリングに上がってきた。 余裕の表情をしている、ところが。 それが不意にギクリとした顔に変わった。 承太郎も気がついた。 このリングの広さでは、全てがラアルの破壊集大成の射程範囲内だ……! 花京院は大急ぎで耐性の呪文を唱えた。 その間にも”ラアルの”は容赦なく魔法を放ってくる。 花京院は回復魔法を唱えながら、その合間に攻撃魔法を撃ち込んだ。 だが”ラアルの”のスピードには追いつかない。 花京院はつい癖でテレポートの呪文が書いてあるページをめくったが、意味が無いと気がついて舌打ちし、攻撃魔法のページを開いた。 彼の補助魔法領域は、自然である。 モンスター感知やライト・エリアなど、ダンジョン探索に便利な魔法が揃っているが、反面回復魔法は充実しているとは言いがたい。 攻撃、攻撃、回復、攻撃、回復、MPがゴリゴリ減っていくのが目に見えるようだ。 花京院は顔に汗を浮かべ、ザックから魔力復活の薬魔力復活の薬MPを全回復させる薬。他のゲームのように、MP回復薬はそう簡単には手に入らないし、店売りもしていない。この薬は「ここぞと言う時」用。を取り出した。 それをぐいとあおる間も、”ラアルの”は攻撃の手を緩めない。 花京院は頭をフル回転させた。 減るMP量、回復量、ターンダメージ、相手のヒットポイント。 それから目を見開いて、ざっと顔を青くした。 後ろに飛び退るが、アリーナのゲートはがっちりと閉じられている。 ガチャガチャやっても開かない。 花京院の様子に気付いた観客の何人かが、殺れ、殺せと囃し立てる。 花京院に賭けているらしい何人かは、さっさと”ラアルの”を焼き払えと叫んだ。 花京院は意を決して、破壊の書物に向かい合った。 相手の魔法が失敗するのに賭けるしかない。 だがラアルの破壊集大成は正確に、そして無慈悲に、火炎のブレスを吐き、アシッド・ボルトの魔法を唱えてきた。 花京院も回復の手を止め、攻撃魔法を連打した。 と、突然、アリーナのゲートががちゃんと大きな音を立てて開いた。 花京院は一も二もなく、そこから飛び出した。 そこには、焼き切れたゲートの鍵を手にした承太郎がいた。 「は、反則!反則だ!!」 審判が慌てて叫んだ。 こんなこと、アリーナ始まって以来一度もなかったことだ。 それも当然だろう、チャレンジャーを応援するものはいても、逃げるのを手助けするものなど考えられないのだから。 「ハーフエルフ、花京院、反則負け!」 「ああ、いいさ、そうしてくれ。死ぬことに比べれば、名誉なんざとても軽い」 こうして花京院は出場停止をくらい、アリーナを引退することになったのだ。 >>戻る |