町の中から花京院の気配が消えたので、承太郎は慌てて巻物を読んだ。 帰還できるダンジョンは他にもあるが、ほぼ間違いなく”鉄獄”だろう。 果たして帰還を遂げた”鉄獄”で、花京院らしきモンスターが感知できた。 承太郎は彼から十分に距離を取り、町で補充してきたテレパシーの杖を振った。 何回目かのチャレンジで飛んだ通路の向こうに、見慣れた赤毛が揺れている。 彼は承太郎に気付いて身を固くし、両手で2冊の魔法書を開いた。 だが前回と違い、すぐには攻撃してこない。 「……君、が、僕と…行動を共にしていたというのは、本当なのか?」 「話をする気があるのか。それは嬉しいぜ。ああ本当だ、俺とおまえはタッグを組んでダンジョンを潜る冒険者だった」 「とても信じられない」 花京院は疑いを隠しもしない顔で承太郎を睨みつけた。 「俺だって言葉だけじゃあ信じられねえな。だが実際そうなんだから仕方ねえ」 承太郎は花京院に向かって一歩踏み出した。 彼はぴくりと反応したが、動かない。 「てめーが記憶をなくしたんだとしても、それで別れる気はさらさらねえ。だからそう警戒すんな。どうせ俺は、お前に攻撃できねえんだから」 また一歩。 花京院はじりじり下がっていく。 その背が小部屋の壁にぶつかった。 彼がはっとして一瞬後ろを見た隙に、承太郎は一気に間合いを詰めた。 彼の目が見開かれる。 その頭を大きな手で握るように包み込み、承太郎は薄い唇に思い切りキスをした。 「むぐッ…!?」 じたじた暴れるが、気にせず舌を入れる。 「んんッ…ン――ッ!?」 花京院は承太郎の舌に噛み付いたが、文字通り歯がたたない。 「んっ……ぅん…ふ…あ、んゥ……は、はぁ…、……だからさ、君の舌はどうしてそんなに硬いんだ?……承太郎」 「…思い出したのか」 承太郎は身を起こして花京院を見た。 身長差が1メートル以上あるので、キスするときは腰を曲げて屈まなければならないのだ。 「ああ、おかげさまでね。まったく、王子様のキスで呪いが解けるなんて、どうかしてるよ」 「てめーがお姫様か」 「ぞっとしないな。呪いが解けたっていうか、キスの感触に覚えがあって、そこから芋づる式だったんだけどね」 花京院は唇をふにふにしている。 「思い出したなら何よりだぜ。てめーと離れるなんざ冗談じゃあねえ。何があろうと隣にいてやる」 「君…たまに……すごく恥かしいこというよな」 「てめーだって同じ気持ちだろ」 「そうだけどさ!」 言ったあと、花京院は照れくさそうに笑った。 「…僕だってそりゃあ、同じ気持ちさ。君がくじけずに僕を探してくれて嬉しいよ」 「くじけるわけねーだろうが」 承太郎は花京院の赤毛をくしゃくしゃ撫でた。 「いらねーもん持ってきてんだろ。帰ってザック整理すんぞ」 「そうだね。…これからも、よろしくな承太郎」 「おう、いつまでもな」 二人は満足そうに笑いあった。 地上に戻った彼らが町の人々に盛大にからかわれるのは、また別の話である。 >>戻る |