ところが花京院の父、テンメインはしつこかった。 町中で花京院を見かけるたびに駆け寄ってきて、 「父と一緒に故郷に帰りましょう!」 などと言ってくるのだ。 花京院は毎回律儀に断っていたが、彼はその理由がいまいちよく分かっていないようだった。 承太郎はといえば、こんなに顔も体格も声も同じだというのに、二人は全く似ていないものだから、魂ってやっぱり大事だなァ、花京院のほうがずっとうまそうだし、などと考えていた。 テンメインは、息子が自分の誘いを断る理由を、それでも自分なりに考えたようだった。 そしてある日、承太郎が一人で醜い浮浪者醜い浮浪者村人タイプのモンスター。害はないが金をせがんでくる邪魔なやつ。をぶちのめしているところにやってきて、「話があります」と博物館に招いた。 彼の苦々しそうな顔を見て、承太郎は「何の用だ?」と答えの分かっている質問をした。 「わたしの息子をこれ以上たぶらかさないでいただきたい」 「心外だな。あいつは自分の意志で俺と一緒にいるんだぜ」 「…ええ、そうでしょう」 承太郎は、おや、と思った。 てっきり自分が完全な悪役にされると思ったのだ。 「彼は46歳だといいました。まだ右も左も分からない子供です。今はあなたといて楽しいのかもしれません。ですが、100年後、200年後は?まだ今のように、二人で面白おかしく”鉄獄”を潜れると思っているのですか?それに、彼には人間の血が混じっているのですよ」 「それがどうした」 「つまり彼は、定命のもの定命のもの指輪物語において、寿命のある生き物のこと。「エルフ以外」というニュアンスのこともある。文脈によってはもっと狭義に「人間」のことを指すときもある。なのです……今は」 「今は?」 「エルフの里で、エルフとして生きることを選べば、彼は死すべき定めのものではなくなるでしょう」 「そうなのか…」 「わたしだって、ただ子離れできずに彼を誘っているわけではありませんよ。あなただって不老不死でしょう。彼がただ、時間に殺されるのを、見ているだけでいいのですか?」 「………」 「どうぞ彼の幸せも考えてあげてください」 「…………あッ!?承太郎、こんなところにいたのか!あんた、承太郎に変なこと吹きこまないでくれよ。いつかやるとは思ってたけどさ」 そう言いながら博物館に入ってきた花京院を見て、テンメインは「父と呼んでください」などと言っていたが、承太郎はずっと思案顔をしていた。 それからしばらくして、承太郎と花京院が、いつものように”鉄獄”を探索していたときの話だ。 通路で一人のエルフと遭遇した。 これはよくあることだ。 エルフは最初、体の大きな承太郎を見て顔をこわばらせた。 それから花京院に気付き、その目が驚きに見開かれた。 これも、よくあることだ。 承太郎と花京院が二人で放った魔法に焼かれながら、彼は 「エルフの面汚し!」 と叫んで死んだ。 これだって、よくあることだ。 花京院は微塵も気にしていないようだった。 エルフの死体から売れそうなものを物色して、二人は少し休憩にすることにした。 「なあ花京院、さっきのエルフのことだが」 「エルフ?ああ、さっきの?彼がどうした?」 「その……ハーフとはいえお前もエルフだろう」 「?それがどうしたんだ?君だってバルログを殺すだろう?」 「それはそうだが。だがお前の場合は、父親が、」 「ハァ!!?」 花京院が大きな声を上げたので、承太郎は驚いて身を引いた。 「なんであいつが出てくるんだ?君、気にしてるのか?」 「花京院、声がでかい」 「でかくもなるさ。あんなやつどうだっていいだろ。それとも君も、僕がエルフたちの住むところに行ったほうがいいっていうのか?ダンジョンを捨てて?」 「そうじゃあない。だがもしお前がそうしたいというなら」 「そうしたい!?そうしたいなんて言うと思うのか、僕が!?」 「だから花京院、声がでかい。他のモンスターに感知される」 「わかったよ。じゃあ一旦地上に戻ろう。そこで話そう」 「ああ」 花京院はザックから帰還のロッドを取り出した。 承太郎もロッドを握る。 花京院がそれを振ると、ロッドは淡い光に包まれた。 あと数ターンだ。 いつもは短く感じるその数ターンが、今日はなぜだか妙に長く感じられた。 その数ターンが過ぎ、ロッドがいよいよ強い光を発した時、花京院が突然「承太郎」と言った。 「何だ」 「君には失望したよ。僕よりあんなやつのいうことを聞いて、あまつさえエルフの元に行けだなんて」 「行けとは言ってねえ」 「言ったようなものだ」 承太郎が、体がぐいと上に引き上げられるのを感じた瞬間、花京院はロッドから手を離した。 「ッおい、」 承太郎が慌てて伸ばした手は空を切った。 そこはもう、カビ臭いダンジョンではなく、騒がしい町の中だった。 >>戻る |