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鉄獄より愛をこめて - 20階


”下水道を(汚くても)もとの状態に戻して下さい。”


ところが花京院の父、テンメインはしつこかった。
町中で花京院を見かけるたびに駆け寄ってきて、
「父と一緒に故郷に帰りましょう!」
などと言ってくるのだ。
花京院は毎回律儀に断っていたが、彼はその理由がいまいちよく分かっていないようだった。
承太郎はといえば、こんなに顔も体格も声も同じだというのに、二人は全く似ていないものだから、魂ってやっぱり大事だなァ、花京院のほうがずっとうまそうだし、などと考えていた。
テンメインは、息子が自分の誘いを断る理由を、それでも自分なりに考えたようだった。
そしてある日、承太郎が一人で醜い浮浪者醜い浮浪者村人タイプのモンスター。害はないが金をせがんでくる邪魔なやつ。をぶちのめしているところにやってきて、「話があります」と博物館に招いた。
彼の苦々しそうな顔を見て、承太郎は「何の用だ?」と答えの分かっている質問をした。
「わたしの息子をこれ以上たぶらかさないでいただきたい」
「心外だな。あいつは自分の意志で俺と一緒にいるんだぜ」
「…ええ、そうでしょう」
承太郎は、おや、と思った。
てっきり自分が完全な悪役にされると思ったのだ。
「彼は46歳だといいました。まだ右も左も分からない子供です。今はあなたといて楽しいのかもしれません。ですが、100年後、200年後は?まだ今のように、二人で面白おかしく”鉄獄”を潜れると思っているのですか?それに、彼には人間の血が混じっているのですよ」
「それがどうした」
「つまり彼は、定命のもの定命のもの指輪物語において、寿命のある生き物のこと。「エルフ以外」というニュアンスのこともある。文脈によってはもっと狭義に「人間」のことを指すときもある。なのです……今は」
「今は?」
「エルフの里で、エルフとして生きることを選べば、彼は死すべき定めのものではなくなるでしょう」
「そうなのか…」
「わたしだって、ただ子離れできずに彼を誘っているわけではありませんよ。あなただって不老不死でしょう。彼がただ、時間に殺されるのを、見ているだけでいいのですか?」
「………」
「どうぞ彼の幸せも考えてあげてください」
「…………あッ!?承太郎、こんなところにいたのか!あんた、承太郎に変なこと吹きこまないでくれよ。いつかやるとは思ってたけどさ」
そう言いながら博物館に入ってきた花京院を見て、テンメインは「父と呼んでください」などと言っていたが、承太郎はずっと思案顔をしていた。


それからしばらくして、承太郎と花京院が、いつものように”鉄獄”を探索していたときの話だ。
通路で一人のエルフと遭遇した。
これはよくあることだ。
エルフは最初、体の大きな承太郎を見て顔をこわばらせた。
それから花京院に気付き、その目が驚きに見開かれた。
これも、よくあることだ。
承太郎と花京院が二人で放った魔法に焼かれながら、彼は
「エルフの面汚し!」
と叫んで死んだ。
これだって、よくあることだ。
花京院は微塵も気にしていないようだった。
エルフの死体から売れそうなものを物色して、二人は少し休憩にすることにした。
「なあ花京院、さっきのエルフのことだが」
「エルフ?ああ、さっきの?彼がどうした?」
「その……ハーフとはいえお前もエルフだろう」
「?それがどうしたんだ?君だってバルログを殺すだろう?」
「それはそうだが。だがお前の場合は、父親が、」
「ハァ!!?」
花京院が大きな声を上げたので、承太郎は驚いて身を引いた。
「なんであいつが出てくるんだ?君、気にしてるのか?」
「花京院、声がでかい」
「でかくもなるさ。あんなやつどうだっていいだろ。それとも君も、僕がエルフたちの住むところに行ったほうがいいっていうのか?ダンジョンを捨てて?」
「そうじゃあない。だがもしお前がそうしたいというなら」
「そうしたい!?そうしたいなんて言うと思うのか、僕が!?」
「だから花京院、声がでかい。他のモンスターに感知される」
「わかったよ。じゃあ一旦地上に戻ろう。そこで話そう」
「ああ」
花京院はザックから帰還のロッドを取り出した。
承太郎もロッドを握る。
花京院がそれを振ると、ロッドは淡い光に包まれた。
あと数ターンだ。
いつもは短く感じるその数ターンが、今日はなぜだか妙に長く感じられた。
その数ターンが過ぎ、ロッドがいよいよ強い光を発した時、花京院が突然「承太郎」と言った。
「何だ」
「君には失望したよ。僕よりあんなやつのいうことを聞いて、あまつさえエルフの元に行けだなんて」
「行けとは言ってねえ」
「言ったようなものだ」
承太郎が、体がぐいと上に引き上げられるのを感じた瞬間、花京院はロッドから手を離した。
「ッおい、」
承太郎が慌てて伸ばした手は空を切った。
そこはもう、カビ臭いダンジョンではなく、騒がしい町の中だった。


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