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鉄獄より愛をこめて - 7階


”もう一匹大バカ野郎が殺されに来やがった!”


地上に出てから、承太郎と花京院は何も言わずに別れた。
町に入るときもお互いの姿は見かけなかったし、安いだけが取り柄の宿でも見つからなかった。
そんな宿は町中にいくつもあるから、きっと別の宿を取ったのだろう。
花京院は宿の酒場でキョロキョロしながら酒を飲み、自分がキョロキョロしていることに気付いて苦笑した。
僕は何を探しているんだろう?
パーティを募るなんて自殺行為、見たことも聞いたこともない。
勢いをつけて安酒をあおり、その日はもう寝てしまうことにした。


次の日花京院は、倉庫から帰還の詔の巻物をどっちゃり取り出して(ちなみにロッドの予備はなかった。笑いたければ笑え)ダンジョンの続きから再開することにした。
とはいえ、この前は腕力にも魔法にも自信のあるバルログと一緒だったわけで、今回ダンジョンを歩む速度はごくゆっくりである。
ダンジョン内でキョロキョロするのは当然のことだし(でないと死ぬ)部屋の中に何かの気配があれば息を潜めて中を伺うし(でないと死ぬ)足音が聞こえれば付かず離れずの距離を取り、魔法を撃てるようにして相手のことを調べる(でないと死ぬ)。
感知の魔法に高位の悪魔らしきものが引っかかって胸が高鳴るのももちろん、強敵を相手取ることによる緊張に他ならない。
ところがそれの正体は、ひたすらうざいことで有名なグレーター・ヘル=ビーストグレーター・ヘル=ビースト高位の悪魔の一種で、なんと最弱ダンジョンの1階から出てくる…のだが、周りをウロウロするだけでこちらにダメージを与えてこない。一応、他のモンスターと戦っているときに逃げ道を塞ぐことがあるので、完全に無害というわけではないが、ただただ邪魔。だった。
花京院は拍子抜けして軽くため息をついた。
なんだ、こいつか。
花京院は魔法書を開いて、まだちょっと失率失率魔法は呪文ごとに失敗する確率が決められている。成長すれば下がっていくが、メイジなど魔法がメインの職業でなければ最低5%は残る。の残っている呪文を唱えた。
一度目は成功、二度目は失敗して、三度目の成功でかの悪魔は消え去った。
花京院はふうと息を吐いて首を振り、物陰に隠れた。
今のでMPをそこそこ使ってしまったから、少し休憩したい。
物音だけには気を配り息を潜めていると、遠くの方で地響きが聞こえた。
強大な魔法か狂戦士が暴れているのか、何にしても近付かない方がいいだろう。
ある程度HPとMPが回復してから、花京院は足を踏み出した。
まだ先ほどの地鳴りが聞こえる。
ゴオオォ、という轟音も聞こえるから、おそらくブレスを吐くモンスターがいるのだろう。
花京院は遠距離攻撃タイプの職業だから、遠くからもブレスを届かせてくるモンスターはあまり得意ではない。
もちろんそんなのが出てきたって、通路や壁をうまく使って倒す自信はあるが、出くわさないに越したことはない。
そう思って足音を忍ばせて歩いていくのだが、いかんせんダンジョンというものは道がくねくねと入り組んでおり、行きたい方へ進めないこともしばしばある。
ちょっとした小部屋に出て、花京院は中を伺ってから足を踏み入れた。
モンスターがいなさそうだったからだ。
そう、確かにさっきはモンスターはいなかった。
だのに今、通路の向こうからすごい勢いで部屋に駆け込んできたのは。
それは高位のアンデッドの一種、アイアン・リッチアイアン・リッチリッチの一種。リッチというのはゾンビなどより格上のアンデッドのモンスターで、生前強力な魔法使いだったものの霊とされることが多い。アイアン・リッチは普通のリッチよりレベルが上で、かなり強い。威力の高い火炎のブレスが特に危ない。だった。
びりりと毛が逆立つ。
火炎のブレスを吐かれる前に、急いで火炎の二重耐性二重耐性上位の耐性。耐性の付いている装備で一次耐性を得て、その上で魔法や薬によって同じ耐性を得ると二重耐性となる。の魔法を自分にかけた。
が、リッチは花京院より通路の奥にいる相手に気を取られているようだ。
そちらに目を向ければ、大きな黒い体、筋肉に沿った白い線、口からまるで液体のようにぼたぼたと黒い炎を垂らした―――
「承太郎、」
花京院は自分の心臓がどくりと鳴ったのに驚いた。
彼の喉が赤く光り、黒かった炎に赤が混ざる。
それから、ゴオォッと地の底から響くような音とともに、その炎が吐出された。
アイアン・リッチは燃やし尽くされ、一歩引いた花京院にも少々ダメージが入った。
火炎の二重耐性をつけててよかった。
承太郎は、リッチの向こう側にも人影がいることに気付き、構えていた斧を握りしめた。
けれどその人影が両手を上げながらゆっくり出てくると、ふっと息を吐いて斧を降ろした。
「なんだ、花京院か」
「ああ、また君に会えるとはね」
「まァそう不思議なことじゃあねえだろう。前は二人で進んでたんだ。一人で来たなら慎重に歩いて、同じフロアから下がってねえのはおかしくねえ」
「その通りだね」
それから二人とも、何か言いたげに視線を彷徨わせた。
先に口を開いたのは承太郎だった。
「…お前、今度は……帰還のロッドは」
「ロッドは予備がなくて。巻物を持ってきてるよ」
「そうか」
「うん」
「……俺はロッドを持ってる」
「そうだね」
「だが、何だ…俺は魔道具を使うのがあまり得意じゃあない」
「そうだね。……あの、僕は魔道具を使うのは得意なんだ」
「ああ」
「それで、その、もしよかったら」
「ああ、手伝ってくれると助かるな」
承太郎はニヤリと笑った。
花京院も笑い返した。
それで二人は、また一緒にダンジョンを潜ることにしたのだ。


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