森の奥のジョースター

いつもの人外ファンタジーです。

 
 
 

昔むかしあるところに、一匹のジョースターがいました。
このジョースターはジョースターの中でも特に大きくて、強くて、恐ろしいものでした。
ジョースターの住む森の近くの村の人々はみな、このジョースターを恐れていました。
けれどジョースターというものは、基本的に妖精だとか化け猫だとかオークだとか、そういうものを食べるものです。
ひどく飢えでもしない限り、人間には手を出そうとはしません。
それにこの森は豊潤の森で、狩りのうまいこのジョースターが、ひどく飢えるということはありませんでした。
森で迷子になった子供が、夕方になって無傷で帰ってきたということもあります。
そこで人々も、ジョースターを恐れながらも、それに何かしようというつもりはなく、お互い無関係で過ごしていました。
 

さて、そんなある日のことです。
この村に、王様とそのご一行が休暇に来られるという知らせが入りました。
この村は本当に何もないただの田舎なのですが、お妃様がたまには都会ではなく何もないただの田舎に行ってみたいとおっしゃったそうなのです。
村の中はてんやわんやでした。
とうとう王様がいらっしゃった時には、まだこれからだというのに、みな疲労困憊しているという有り様でした。
さて王様は、村の隣の立派な森を見て、当然のように狩りに出るとおっしゃいました。
あの森には何がいる、とのお尋ねに、人々は顔を見合わせました。
もちろん、あの森の主はあのジョースターです。
けれど万が一あのジョースターがいなくなれば、性悪の妖精だとか、低俗なオークだとか、それから森の向こうの崖に住んでいる、あの恐ろしいトロルどもが村へとやってくるのを、誰がせき止めるというのでしょう。
ですが王様が、狐や鹿や、そんなもので満足するはずがありません。
それで人々は、森にジョースターが住んでいることは隠して、王様には、あの森には一角獣がおります、と答えました。
確かに森には、一匹の一角獣がおりました。
一角獣も確かにジョースターの餌食ですが、とろいオークたちとは違って賢く素早いその獣は、未だジョースターの牙にはかかっていなかったのです。
一角獣を見逃してもジョースターには問題ないほど森は豊かでしたし、一角獣の方も、無理に処女を襲わずとも十分生きていけるようで、村の若い娘が森に立ち入るときは、親兄弟や恋人を伴うのが常識ではありましたが、それで何かの被害が出たことは今まで一度たりともありませんでした。
その角が万能の薬になることは、もちろん村人たちも知っていましたが、あれを狩ろうとするならば、狩人も囮の娘も無事では済まないでしょうし、それに、村のまじない師はそこそこの腕前だったのです。
 

王様は一角獣がいると聞いて、俄然興味をそそられたようです。
次の日には討伐隊を結成し、意気揚々と森へ出かけられました。
彼らの狙いは一角獣でしたから、村で一番の美貌の娘がお伴することになりました。
娘を大木の下に座らせ、王様たちは草陰に身を潜めます。
娘がひとつ花冠を作り終え、とろとろまどろんだあたりで、ようやくその獣は姿を見せました。
遠目には馬に似ていると思われましたが、近付けばまったく違う生き物だとすぐに分かります。
たてがみはふわりと長く、炎が垂れているようにさえ見える赤毛、体毛は朝しぼった牛乳ですぐに作ったバターのような不思議な色。
その体はすらりと細く、けれどどんな馬よりも速く走ることは誰の目にも明らかでした。
そしてその、額から長く長く伸びた角!
ねじれたそれが、娘の目にはぎらぎら研ぎ澄まされているように見えて、彼女は恐怖で身をすくめました。
一角獣は怒りに燃えた目をして、硬く大きな、先が割れた蹄を踏み出しました。
それからその角が、あわや娘の心臓を一突きにするかと思われたその瞬間、轟音が鳴り響き、一角獣は身を捩らせました。
怒号と共に大勢の人々が現れ、一角獣を取り囲みます。
見事一角獣の首を穿ち、その次の猟銃を手渡された王様が、一角獣の眉間に狙いをつけようとして、角の存在に気が付き、一瞬のそのためらいの隙を突いて、一角獣が角を繰り出しました。
ですが多勢に無勢、一角獣は後ろから足を撃たれ、つんのめって倒れました。
首や足から流れる一角獣の血は、見るも鮮やかな緑色をしています。
その色に違わず、その匂いは草をすりつぶした時の匂いに似ていました。
王様がもう一発、その首へと打ち込もうとしたその時。

ガル!!!

辺りに響いた太い震えるような吠え声に、王様たちの馬が恐慌状態に陥りました。
何人か落馬して騒然としたところへ、のっそりと姿を現したのは……それは大きく、黒く、鋭い牙に爪をもつ、あのジョースターでした。
王様たちはパニックになりました。
普通ジョースターは人間を襲ったりしませんが、自分のテリトリー内で、一角獣を仕留めようとしたこの一行に対して、ひどく立腹していることは、その目を見れば明らかです。
王様の家来たちは、我先にと逃げ出しました。
王様も、一番立派で一番大きな馬に乗っていましたから、落馬を免れており、そのまま脇目もふらずに逃げて行きました。
落馬した数人がもがいているのは気にも留めず、ジョースターは一角獣に近付きました。
一角獣は鼻息も荒くジョースターを睨みつけました。
人間なぞの手にかかって死ぬなど、確かにとても気に入りませんが、こんな、他人の手柄を横取りするような形で食われて死ぬのは、もっと納得が行きません。
草の上に倒れこんだ一角獣は、それでもその長い角を振り上げてジョースターと戦う気でした。
対するジョースターの方は、草の上に飛び散った一角獣の血の方へ顔を近付け、すんすん匂いを嗅いで、ぺろりとそれを舐めました。
それから顔を上げて、真正面から一角獣を見据えました。
ああ、その萌え出づる緑の瞳といったら!
一角獣は、つい体の力を抜いてその瞳に釘付けになってしまいました。
けれどそんな一角獣を見て、ジョースターはにやりと笑うだけで、体を起こして、森の奥へ消えて行ってしまいました。
周りの人間たちも自分の足で逃げ出していて、残されたのは一角獣だけでした。
一角獣は、ジョースターの瞳に違うことのない意思を読み取りました。
俺はお前が気に入った。
捕らえて食ってやるから、早く体を治せ、と。
 

自分のお城に帰り着いた王様の憤慨といったら、ひどいものでした。
一角獣を仕留められなかったばかりか、邪魔をしてきたジョースターの首も持ち帰れなかったとは。
狩りに出て収穫がないなど、どれほど笑いものにされるか分かったものではありません。
けれど相手はジョースターですから、王様はお抱えの魔法使いに、報復を頼みました。
この魔法使いは、王様の祖父の代から王室に仕えている大賢人でした。
魔法使いは、やんわりと王様を諌めました。
けれど、もうすぐに迫っている近隣の王族との会合で、この話で馬鹿にされなぞしたら外交に響くから、と泣きつかれ、とうとう重い腰を上げました。
復讐を肩代わりすると決めてからの魔法使いの行動は、迅速なものでした。
彼は舞台を小高い丘の上の古城に決めました。
もちろん、丘の上というのは、妖精の力が一番強いところです。
魔法使いは契約を結んでいる茨の妖精を呼び出して、そこに罠を張らせました。
それからジョースターのいる森へと赴き、昔苦心の末に退治したバジリスクの血を、ジョースターが爪で縄張りを記している木々に塗りたくりました。
それからその血の匂いをさせながら、例の古城に立てこもりました。
果たしてその夜、古城へとやってきたジョースターと、魔法使いは戦うことになりました。
ジョースターには大きな体と牙に爪、太い尻尾まであったのですが、しかし長きを生きてきた大賢人であるところの魔法使いは、古い羊皮紙から、そのジョースターの名前を知っていたのです。
名前を握られ、茨に取り囲まれたジョースターは、とうとう魔法使いの渾身の呪いをその身に受けました。
 

「こんにちは。」
「こんにちは。」
「ひとつ聞きたいのだけれど、昨日の晩、ここに一匹のジョースターが来なかったかい?」
「ああ、承太郎のこと?」
「承太郎?」
「あのジョースターの名前さ。ぼくらのご主人が唱えていたよ。」
「そうか、それで彼は負けてしまったんだな。彼は今?」
「この古城の北の塔で、石になってしまっているよ。」
「石に?じゃあ、ぼくの角で薬を作って飲ませれば、元に戻るだろうか。」
「どうだろう、ご主人はバジリスクの目を砕いてしまうほどの呪いをかけたから。もしかしたら、きみの角一本では足りないかもしれない。」
「そうか。じゃあ角が生え変わるたびに飲ませるしかないかな。もしよければ、この茨をどかして、ぼくを入れてくれはしないだろうか。」
「いいよ。ご主人との今回の契約は、承太郎を石にするところまでだったから。その後、誰がどうしようが、ぼくらには関係ないもの。」
「ありがとう。すてきな茨だね、赤い果実までついてる。」
「甘酸っぱくてお気に入りなのさ。ぼくらはもう行ってしまうけど、よかったら果実が実るままにしておいてあげるよ。」
「きみたちはとてもいい妖精だね。」
「そんなことはないさ。昨晩とても強い敵意に見を浸したから、今だけやさしい気持ちになっているんだよ。」
「それでもとても助かるよ、ありがとう。さて、じゃあぼくは、承太郎に角を捧げてこようかな……」

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