鉄獄より愛をこめて 32F

”やりすぎモードをオンにしました。”

さて次の日、承太郎はアリーナの観客席にいた。

リングの向こうが何やら騒がしい。
どうやら”ラアルの”がアリーナのスタッフを焼きつくしてしまったようだ。
それからリングの上に、”ラアルの”が上げられる。
遠目に見ると、本当に魔法書にしか見えない。
赤っぽいから悪魔の領域かカオスの領域あたりか。
それからハーフエルフの紹介がなされて、花京院がリングに上がってきた。
余裕の表情をしている、ところが。
それが不意にギクリとした顔に変わった。
承太郎も気がついた。
このリングの広さでは、全てがラアルの破壊集大成の射程範囲内だ……!
花京院は大急ぎで耐性の呪文を唱えた。
その間にも”ラアルの”は容赦なく魔法を放ってくる。
花京院は回復魔法を唱えながら、その合間に攻撃魔法を撃ち込んだ。
だが”ラアルの”のスピードには追いつかない。
花京院はつい癖でテレポートの呪文が書いてあるページをめくったが、意味が無いと気がついて舌打ちし、攻撃魔法のページを開いた。
彼の補助魔法領域は、自然である。
モンスター感知やライト・エリアなど、ダンジョン探索に便利な魔法が揃っているが、反面回復魔法は充実しているとは言いがたい。
攻撃、攻撃、回復、攻撃、回復、MPがゴリゴリ減っていくのが目に見えるようだ。
花京院は顔に汗を浮かべ、ザックから魔力復活の薬を取り出した。
それをぐいとあおる間も、”ラアルの”は攻撃の手を緩めない。
花京院は頭をフル回転させた。
減るMP量、回復量、ターンダメージ、相手のヒットポイント。
それから目を見開いて、ざっと顔を青くした。
後ろに飛び退るが、アリーナのゲートはがっちりと閉じられている。
ガチャガチャやっても開かない。
花京院の様子に気付いた観客の何人かが、殺れ、殺せと囃し立てる。
花京院に賭けているらしい何人かは、さっさと”ラアルの”を焼き払えと叫んだ。
花京院は意を決して、破壊の書物に向かい合った。
相手の魔法が失敗するのに賭けるしかない。
だがラアルの破壊集大成は正確に、そして無慈悲に、火炎のブレスを吐き、アシッド・ボルトの魔法を唱えてきた。
花京院も回復の手を止め、攻撃魔法を連打した。
と、突然、アリーナのゲートががちゃんと大きな音を立てて開いた。
花京院は一も二もなく、そこから飛び出した。
そこには、焼き切れたゲートの鍵を手にした承太郎がいた。

「は、反則!反則だ!!」

審判が慌てて叫んだ。
こんなこと、アリーナ始まって以来一度もなかったことだ。
それも当然だろう、チャレンジャーを応援するものはいても、逃げるのを手助けするものなど考えられないのだから。
「ハーフエルフ、花京院、反則負け!」
「ああ、いいさ、そうしてくれ。死ぬことに比べれば、名誉なんざとても軽い」
こうして花京院は出場停止をくらい、アリーナを引退することになったのだ。