”なんだ、またこの役立たずの剣か。おや?ちょっと待てよ……”
承太郎はフロア内をうろうろしていた時に見つけた階段の前まで行った。花京院がこのフロアにいないとして、その場合二つの可能性が考えられる。次の(あるいは前の)フロアに行ったか、地上に戻ったかである。承太郎は考えた。今の彼の実力なら、一人でも危なげなくこの辺りの階層を進めるだろう。
だが、と承太郎は思った。彼のザックに入っているのは、主に援護用のアイテムだ。戦闘の際に必要なスピードの杖やヒーローの薬なんかは、承太郎の方が持っている。一人で進もうと思ったら、ザックをもう少し整理して、必要なアイテムを倉庫から出したいと思うに違いない。
承太郎は自分のザックをあさり、途中で拾った帰還の詔の巻物を捨てていなかったことに感謝しつつ、それを読んだ。
戻った町の中に、花京院らしき人物をテレパシーで感知した。町の中でも殺し合いは禁じられていないが、暗黙の了解というやつで、捕食関係にある種族でもよほどのことがなければ、町中で意味もなく戦い始めるということはない。承太郎がその人物に近付いても、ダンジョン内とは違って、テレポートで逃げられることはなかった。
彼は寺院で巻物を見ていた。彼は承太郎に気が付いて顔をしかめた。ダンジョンで命のやりとりをした相手と町で出会うほど、気まずいことはない。だが同じ冒険者である以上、それはあまり珍しいことでもない。
寺院の売店の店主は「おや」と言った。
「あんたら、また喧嘩でもしてるのかい」
「また?」
花京院は分からないという顔をした。
「いっつもそこのバルログといちゃついてるだろ」
「僕が!?」
花京院は横目でちらりと承太郎を見た。
「からかわないでください。彼はバルログですよ。仲良くなるはずがないじゃあないですか。いつ食べられるとも知れないのに、非常食になる気はありませんよ」
彼がいくつか巻物を買って寺院をあとにしてから、店主の妖精は苦々しい顔の承太郎に目を向けた。
「あれは?」
「記憶喪失だ」
「なるほどね」
店主は意味ありげな表情を見せた。
「それであんたは、ストーカーの真似事をやってるってわけかい」
「……ストーカーじゃあねえ」
承太郎はそう答えて、帰還の詔の巻物を少しだけ買い、寺院をあとにした。ロッドは花京院の方が持っている。そのロッドを、また二人で手を繋いで使いたいと思いながら、承太郎は花京院を追った。