鉄獄より愛をこめて 15F

”ワーオ!とても美しくなった!”

“山”をクリアした彼らは、レベルも上がったことだし、と“鉄獄”に戻ることに決めた。

一旦町まで帰ってきて、酒場で談笑しながら計画を練る。町の人々も、彼らはああいうものなのだと、奇異の目で見ることは少なくなっていた。別の町からやってきた新顔の冒険者が驚くくらいだ。
そういうのを見ると、モリバント古参の冒険者が訳知り顔で、あいつらはそういう仲なんだと小指を立てる。まあそれも、あのバルログが飽きてしまえば、ハーフエルフを食っちまって仕舞いだろう。
承太郎と花京院は、自分たちがそんな風に言われていることに、もちろん気付いていた。だが他人にどう見えているかなんて、ダンジョンの床をちろちろ走るイモリよりどうでもいいことだ。
それでも、彼らの言葉が全く耳に入らないわけではない。その夜同じ部屋の同じベッドの上で、息の上がった承太郎に、息の上がった花京院が「なあ」と声をかけた。
「君は僕を食べる気はないのか?」
「今まさに食ったところのつもりなんだがな」
「そういう意味じゃあなくて。食料にするつもりはないのかって聞いてる」
承太郎は花京院の目を見つめた。
「……お前は、とてもうまそうだと思う」
そう言って彼の、案外厚い胸板に手を置く。その下では、とくんとくんと心臓が脈打っている。
「正直、今すぐにでも取って食っちまいてえ。お前の魂がどんな色をしてるのか、どんな味がするのか。……だが」
その手をつぅと滑らせて、ハーフエルフの美しい、けれどどこか歪な顔に添えた。
「それでお前の顔が見れなくなるのなら、話ができなくなるのなら、俺は我慢するぜ。なに、難しいことじゃあねえ」
花京院は自分の顔に添えられた大きな手に擦り寄った。
「ああ、だけど承太郎、もしも君がそうしたいと思うなら……いや、僕は死ぬつもりはさらさらない。だけどもしも僕が、例えば足を失うだとかして、ダンジョンを潜れなくなったなら、どうかその時は君の糧にしてくれたまえ」
「……ああ」
「約束だぜ」
「分かった」
承太郎がそう言ってくれたので、花京院は安心して微笑んだ。
“山”で手に入れた財宝やアイテムを売った金で、彼らは二人で泊まれる広い部屋を借りていた。ベッドを二つくっつけて、それでも承太郎と花京院が横たわると狭い。その狭さを心地よく感じながら、二人は眠りについた。

次の日彼らは、アイテムを整理して“鉄獄”に舞い戻った。戻ったばかりのフロアは、レベルを上げた彼らにはぬるく、あまり気を張らないでも楽に進めた。

とはいえ油断したら死ぬ。その瞬間に死ぬ。なので一歩一歩は確実に、だ。
「承太郎!」
「何が来てる」
「悪魔だ……上位の悪魔だ」
「分かった」
相手が姿を見せる前に、承太郎にもその気配と足音が感じられた。どうやら、かなり体の大きなモンスターのようだ。
ズシン、その足音がそこの角を曲がる瞬間に、承太郎と花京院は同時に遠距離攻撃の呪文を唱えた。
「グァ、アッ!!」
のけぞりながらも倒れはせず姿を見せたのは。そいつの見た目は、承太郎によく似ていた。だがずっと大きな体をしている。大きく曲がった角、盛り上がった筋肉、体中が真っ黒で口の端から炎がこぼれている。グレーター・バルログだ。
そいつは承太郎と花京院を目に止めると、喉をカッと光らせた。遅れず承太郎も頬を膨らませる。グレーター・バルログの吐いたブレスに、承太郎のブレスがぶつかり、ごうごうと音を立てて炎が崩れた。
ちりちりと逆立つ肌を抑えて、花京院は承太郎へ治癒魔法を飛ばした。相殺しあっているから決定的なダメージはお互い与えられていないが、それでも承太郎のブレスの方がじりじり押されてゆく。
致命傷を与えようと、グレーター・バルログが一歩踏み出した途端。承太郎はぱっと息を止め、脇に飛び退いた。
グレーター・バルログは状況を理解できずにたたらを踏んだ。そこへ、花京院がログルス発動の呪文を唱え、強烈なカオスの球の魔法をお見舞いした。
耳障りな悲鳴を上げてグレーター・バルログが逃げ出す。その背中へ向けて、二人はまた攻撃魔法を叩き込んだ。グレーター・バルログの最後の言葉は、「そんなの聞いてないぜ!」だった。

強敵を退けた余韻から覚め、承太郎はふうと息を吐いて花京院を見た。そして仰天した。

花京院は前線で戦っていなかったというのに、大きく肩で息をしていた。彼にしては珍しいことだ。……いや、そんなことはどうでもいい。どうでもよくはないのだが、二の次だ。
花京院の肌は、もともと光の届かないダンジョンを冒険しているのだから、筋肉が付いている割には白かった。ところが今はどうだ。日に焼けていない程度では済まされないほど、抜けるように白い肌をしている。
それに彼の髪は、ふんわりと柔らかい赤毛だったはずだ。今のように、玻璃瓶からあふれる光をきらきらと反射するような、プラチナブロンズではなかった。
それに、彼の目の色はペリドット、黄緑色だった。こんな、透き通る赤のはずがない。
「花京院、お前……どうした?」
「分からない。なんだか妙に疲れているんだ。耐久力が下がっている気がする。なんだろう」
「いや、その見た目のことだ」
「見た目?」
花京院は目をぱちくりさせている。それは当然だろう、自分からは自分の姿は見えないのだから。鏡使いでもないのに、ダンジョンに鏡を持ち込むことはあまりない。
姿が変わっただけならまだいいが、明らかに体に不調が出ている。承太郎は彼を連れて、地上に戻ることに決めた。

町で早めの宿を取って、花京院は備え付けの鏡を覗き込んだ。

「これは……突然変異だな」
「突然変異?」
「ああ。僕の魔法領域であるカオスの魔法は、失敗するとまれにカオス的効果というペナルティを受けるんだ。その中の一つに、突然変異を起こすものがある」
「突然変異つったらあれか、“超人的な強さ”とか“精神錯乱”とか、有益なものも危険なものもある」
「それだよ。パラディンだと敵のカオス属性の攻撃に気をつけていればいいんだが。グレーター・バルログにトドメを刺す時に、いろいろ唱えたからなあ。ちょっと失敗もしてた。それだな」
「その突然変異は?」
「“アルビノ”だ。耐久力が下がる。致命的だよ。道理ですぐ疲れると思ってたんだ。早く治さないと」
「確か、ズルに突然変異の治療家がいたな」
二人は準備をしてズルに向かうことにした。