Not N but K – まきげのあのこ

 
金の巻き毛のかわいいあのこ

 

我等がボスは、ギャングのボスというよりは、その愛人と言った方が通用しそうな美少年である。
今日も今日とて、執務室で書類を相手に終わらない戦いを挑んでいる姿は、なんということのない風景のはずなのに、そのまま額縁に入れて飾られていても違和感がなさそうだ。
まあ、だが、俺にはこいつを飾り立てて鑑賞する趣味は無い。
彼に言われたとおりに甘い甘い紅茶を淹れたのが(ジャムまで入れた。こいつにしちゃ珍しい注文だ)冷めるといけないと、絵になる光景を遮って差し出した。
「ほれ、ちょっと休憩にしな」
礼を言って俺からカップを受け取る、ついでにそのふんわりした巻き毛に指を絡ませてみた。
「柔らけーなあ、お前の髪」
「フフ、いいでしょう、ウール100%ですよ」
「ウール?シルクとかじゃなくてか?」
別に、ジョルノの髪が絹の手触り、というわけではない。
だが彼には、ウールのような庶民の素材ではなくて、シルクのような高級品のイメージが似合うと思ったのだ。
「ウールですよ、伝説の金羊毛、知りません?」
「なんだそりゃ、そんなのあるのか」
ジョルノの話を聞き流しつつ、くるくると指先に金毛を巻きつけるのに熱中していると。

 

ぺろり。

 

不意をつかれて、上唇を舐め上げられた。
「………どうせならキスにしてくれよ」
「不満でした?うちではキスよりこっちの方が深い親愛を示す行為なんですよ」
うち?そういえば彼の生まれ育った家庭について、話を聞くのは初めてだ。
ギャングなんて職業柄、元々俺たちは自分の過去についてペラペラ喋りはしなかったのだが。
「僕の育った家は、それはそれは幸せな家庭でしたよ。裏山が一面うちの敷地で、僕らが子供の頃には思い切り走り回ったものです」
そんな幸せな家庭に育っておきながらなんだってギャングなんかやってるのか、山を所有とかもしかしてお前んちは富豪なのかとか、僕らっつーことは他に兄弟がいるのか、とか。
様々な疑問が浮かびはしたが、微笑みながら――いつもの、交渉相手に渡される、計算された作り笑顔ではない――回想するジョルノに、口を挟むことが出来なかった。
「時にはマードレが一緒に走ってくれて。マードレは誰よりも足が速いから、僕ら追いつこうと頑張るんですが、途中で転んでしまうんです。そういう時はすぐに飛んで戻ってきてくれて、頬を舐めてくれるんですよ。でもマードレが唇を舐めるのは、パードレにだけなんです」
「そいつは……光栄だな」
先ほど彼から頂いたものを思い返しつつ、自分の唇をそっと撫でる。
「庭付き一戸建てってか、いい家じゃねえか。なんで出てきたんだ?お前まだ、学生なんだろ」
「そりゃあ決まってるじゃないですか、パードレとマードレを二人きりにさせてあげるためですよ」
そう言ってくすりと笑う。
細めた眼の中の瞳孔が、一緒に細まった気がしたが、光の加減だろう。

 

あの家に一つだけ不満があるとすれば、自慢のマードレを誰にも紹介することが出来なかったことくらいですよ。

 
 

白い巻き毛の優しい羊