花京院は有能な魔法使いであり、強力な冒険者であった。 彼がアリーナで勝ち進んでいったのも、何ら不思議なことではない。 花京院は毎日のようにアリーナに顔を出し、上級の相手と戦ったり、花京院に挑んできたチャレンジャーをぶちのめしたり、そうでない時も、観客席で次の対戦相手を研究したりした。 承太郎も、いつもそれに付き合った。 花京院はその日、バイクロプスバイクロプス巨人モンスターの一種。目が二つあるサイクロプス。つまるところ普通の巨人なのだが、そこは「ああ、なんということだ!」という反応をしなければならない。ちなみに出てくる階層に対して強いので、巨人の群れを見つけたら混じっていないかチェックしよう。をノーダメで倒し、とても上機嫌だった。 宿の二人部屋で杖や巻物を整理しながら、鼻歌をふんふん歌っているくらいだ。 「楽しそうだな」 「え、そう見えるかい?そうだな、最近すごく調子がいいんだ。明日の相手はラアルの破壊集大成ラアルの破壊集大成書物ミミックの一種。破壊の呪文が書かれた悪意を持つ魔法書。加速が+10もついていて、かなり高い頻度で様々な攻撃魔法を放ってくる、ヤバいやつ。アイテムだと思ってノコノコ近付くと、あっという間にHPがマイナスになっている。なんだけど、」 「”ラアルの”!?」 承太郎はつい声を荒らげた。 「大丈夫なのか!?」 ラアルの破壊集大成といえば、中堅の冒険者を数多く塵と化してきた悪名高いモンスターである。 強力な魔法を頭のおかしい速度で撃ちこんでくるのだ。 しかも魔法のバリエーションが豊富で、一つや二つの属性耐性では防ぎきれない。 遠くに見つけたら、回り道をして避けて行くのが一番だと言われているくらいだ。 「大丈夫さ。あいつが危ないのは、テレパシーで感知できないダンジョンでの話だ。アイテムに化けているから、気付かず近寄ってしまう。だが、場所はアリーナだ。出てくるのが”ラアルの”だと分かっているんだから、楽なもんだよ。あいつの攻撃の届かないところから、魔法で撃ちぬいてやればいい」 花京院はそう言って、弓を射るような動作をした。 承太郎はため息を吐いた。 「ん、どうしたんだ承太郎?まだ何か、心配なことでも?」 「なあ花京院」 「なんだい?」 承太郎の目は真剣だった。 「俺とチャンピオンと、どっちが好きだ?」 「……はぁ?」 「言い方を変えよう。”鉄獄”とアリーナ、どっちが楽しい?」 花京院は目をぱちくりさせた。 それから、困ったように少し笑った。 「……ごめんよ、承太郎。もちろん君と”鉄獄”さ。だけど僕ら、今、経験値とアーティファクトを求めて、同じフロアをうろうろしてるだろう」 「そうだな」 「だから、アリーナは新鮮だった。それだけだよ」 「……そうか」 「なあ、承太郎」 花京院はベッドに腰掛けた承太郎の隣に座って、バルログの黒い顔を見上げた。 「僕、明日のラアルの破壊集大成で、アリーナを引退するよ。そしたらこの町のクエストをやって、それから”鉄獄”に戻ろう」 「………そうだな」 承太郎は花京院の髪の中に鼻先を入れ、うなじに軽く口付けた。 それからやっと、笑みを見せた。 「応援してるぜ、チャレンジャーさんよ」 >>戻る |