初めのうちに出てきたイークや猫、インプインプ下級デーモンの一種。ステータスはそれほど高くないが、多彩な魔法が厄介なモンスター。プレイヤー種族にも選べる。割りと強い。などは、花京院の相手ではなかった。 花京院はすぐに、アリーナの顔になった。 絵描きが花京院のポスターを作り、そこには『彼に勝てたら獲得の巻物獲得の巻物高級品(エゴ)のアイテムを1つ生み出す巻物。ちょっと嬉しい。を進呈!』という謳い文句が添えられた。 町中や酒場で向けられる視線も、以前ならバルログとハーフエルフの組み合わせに対する驚きや好奇がメインだったものが、「あのハーフエルフ」「あれが」というような声とともに寄越されるそれになっている。 今や花京院は、ちょっとした有名人だった。 「おい、花京院」 「なんだい、承太郎?」 「あの隅のバルログ、お前のこと見てるぞ」 「別に、見られるのはいつものことだろう」 「あいつの目はちょっと違う。お前を倒して名誉を手に入れたいって顔じゃねえ。あいつは、お前を食いたいと思ってるぜ。間違いねえ」 「すごく信憑性の高い情報だな」 花京院はちらりと酒場の隅に目をやった。 白っぽい灰色をしたバルログがいる。 彼は花京院と目が合うと、さっと逸らしてしまった。 「明日にでもアリーナに来るんじゃあねえか。ダンジョンで出会うのは難しいからな。アリーナで殺した相手の死体は、好きにしていいんだろ」 「そうだな。まあ、アリーナでだって気を抜いたことはないけど、彼が来たら特に気をつけるよ。君のためにもな。嫉妬してくれてるんだろ」 「まあそうだ」 「なかなか嬉しいからどんどんしたまえ」 花京院は愉快そうにそう言って酒をあおった。 果たして翌日、アリーナに赴いた花京院は、会場の向かい側に例のバルログがいるのを見た。 観客席にいる承太郎に顔を向けると、彼のほうが今にも斧を振りかざして襲いに行きそうな、凶暴な顔をしている。 対戦相手のバルログの方は、ねっとりと絡みつくような視線で花京院を睨めつけていた。 ゴング! バルログは鞭鞭ちなみに、バルログは元ネタでは炎の鞭を使うということになっている。承太郎が斧を使っているのは、見た目の好みの問題です。を振り回しながら、一直線に向かってきた。 花京院はバルログから走って逃げながら、カオス・ボルトの魔法を叩き込んだ。 どうやら相手は、接近戦を得意とする職業のようだ。 バルログという種族は炎の心を持っていて、火炎の属性に耐性がある。 ファイア・ボルトやファイア・ボールの魔法では、大したダメージを与えられないだろう。 花京院はカオス・ボルトや破滅の矢の魔法を撃ちこみながら、リングの上を走り回った。 バルログの鞭からひらりひらりと逃げる。 勝負は一方的と言ってもよかった。 ステータス自体は互角であろうが、花京院は立ち回りの点で、まったくバルログを寄せ付けなかった。 初め、面白くない気分でリングを見ていた承太郎も、「さすがだぜ」と唸るくらいだ。 「この野郎!」 灰色のバルログは、耳障りなガラガラ声を上げた。 「卑怯者、ちょこまか逃げやがって、正々堂々戦いやがれ!」 「ハァ?」 花京院の声は、あざ笑うというよりは、ただ疑問に思っているといった声色だった。 「君は何を言っているんだ?これは魔法職の正々堂々とした戦い方だよ。卑怯って言うのは、例えばリングに上がる前に君の食事に毒を混ぜるとか、そういったことをいうんだ」 花京院は攻撃の手を緩めずにそう言った。 向こうも雑魚ではないらしく、なかなか倒れない。 花京院はザックからアイス・ボルトの魔法棒アイス・ボルトの魔法棒その名の通り、アイス・ボルトの魔法が撃てる魔法棒。ちなみに杖や魔法棒にも、うまく使える職と苦手な職がある。メイジはかなり得意。を取り出し――会場内で魔法棒は使えないが、持ち込み自体は許可されている――バルログを睨みつけて後ずさりしながら、それに口をつけた。 魔法棒が淡く光って、それは少しだけ魔力を弱めた。 『魔力食い魔力食いメイジの職業の技能。魔法ではない。ちなみにバルログのブレスも、魔法ではなく種族の技能。技能にも使えるレベルや失敗率、必要なMPなどがある。魔力食いは手持ちのロッドや杖、魔法棒などから魔力を吸い取るというもの。回復するMP量は杖の種類による。失敗すると杖が壊れてしまうこともある。』だ。 MPを回復した花京院は、またカオス・ボルトの呪文を唱えた。 バルログは吹き飛ばされそうになったのを踏みとどまり、それからニヤリと笑った。 その喉が赤く光る。 バルログはその口から、火炎のブレスを吐いた。 近付けないなら、遠距離で攻撃するまでだ、と思ったのだろう。 だが。 「その判断は悪くないが、ちょっと遅いんじゃあないか?」 炎を浴びても、花京院はケロリとしていた。 うるさそうに火の粉を払っている。 「とっくに火炎の二重耐性を張っていたさ。君がバルログである時点で、それはもう常識だろう」 花京院は少し、ほんの少しだけ残念そうな顔をして、トドメの魔法を矢継ぎ早に叩き込んだ。 バルログはやっぱり耳障りな叫び声を上げ、とうとう動かなくなった。 審判が駆け寄ってきて、「勝者、ハーフエルフの花京院!」とその手を高く上げた。 ちなみに審判の仕事は、これだけである。 花京院を歓声が取り囲んだ。 彼のファンらしい、若い女性たちが、リングの近くまで寄ってくる。 けれど花京院は彼女らの方を一瞥もしないで、承太郎の元へやってきた。 「な、ちゃんと倒しただろう」 「……それは心配してなかったぜ」 そうして花京院は、チャンピオンに一歩近付いたのである。 >>戻る |