>>戻る

鉄獄より愛をこめて - 19階


”これを着ると古い火傷跡が痛む。”


承太郎と花京院が地上に戻ると、何やら空き家だったはずの建物の前で、人がざわざわしていた。
「何かあったんですか?」
花京院は野次馬らしき一人に声をかけた。
「ここに博物館博物館町の施設の一つ。アイテムを飾っておくことができる。入れたものは取り出すことができない。ゲーム攻略には一切関係ない、自分が楽しいだけの場所。ができたんだよ」
「へえ。博物館だってさ、承太郎」
「何か寄贈したいもんでもあるのか?」
「え、そうだな。拾ったけど使い道のないアーティファクトとか、木の像アイテムの一つ。見て楽しいだけのもの。とか?」
「せっかくだし何か探すか」
「そうだね」
それで二人は倉庫に足を運んで、適当に突っ込んだいらないアイテムをゴソゴソした。
以前グレーター・ヘル=ビーストを倒した時に手に入れたTシャツTシャツ『GHBを倒したけどこんな嫌なTシャツしか手に入らなかったよ!』という名前のアーティファクト。ネタ枠。ステータスも低く、何も能力がなく、売っても1ドルという代物。が出てきたので、花京院はこれを博物館に寄贈することにした。
承太郎の方は、何やらユニークモンスターのものらしい骨を持ってきた。
そこで二人で、できたばかりの博物館へと冷やかしに行った。
中に入れば、同じようにアイテムを持ってきた冒険者がいるのだろう、すでにぽつぽつと像や人形、しょっぱそうな武器などが並べられていた。
「あのー、すみません。アイテムを寄贈したいんですが」
花京院が声を上げると、
「はい、お待ちくださいね」
と声がして、館長が姿を見せた。
そして固まった。
花京院も固まった。
承太郎は、花京院と館長の顔を見比べて、「まさかだろ」と呟いた。
博物館の奥から出てきたその男は。
ふわりと揺れる赤毛、切れ長の目、少々大きな口、色の白い肌、……全てが全て、花京院と瓜二つだった。
いや、目の色だけは違う。
彼の目は、薄い紫色をしていた。
「え…え?承太郎、僕、幻覚幻覚状態異常の一つ。画面がでたらめに表示される。怖い。の状態異常にかかっているのか?」
「いや、俺にも多分、お前と同じものが見えてるぜ」
「………お客さん、出身地とご両親のことをお聞きしても…?」
「僕は辺境の地生まれです。母は20年ほど前に死にました。父親のことは知りません」
「あなたの………年齢は?」
「46歳です」
「あなたの……お母上の…髪の色は黒、目の色は黄色でしたか?」
「……そのとおりです」
花京院がそう言うと、館長は「ああ!」と小さく叫んで、そしてがばりと花京院に抱きついた。
承太郎はとっさに斧に手をかけたが、それを振るうことはできなかった。
「ずっと探していましたよ!ようやく会えましたね!わたしの…かわいい……息子よ!」


テンメインと名乗った館長は、二人を博物館の奥のスペースに招き入れ、お茶を出した。
「ええと、そちらの方は…」
「俺の名は承太郎。こいつと二人でダンジョンを潜っている」
「二人で?」
「ああ」
「ですが、あなたは…バルログですよね?」
「もちろんだぜ」
「ええと…」
テンメインは一瞬困ったような顔をしたが、すぐに笑顔を見せた。
「いいでしょう。今はとうとう息子と会えたことの方が大事ですから」
「あの…本当に、あなたが僕の父親なんですか?」
花京院は恐る恐るといった様子で尋ねた。
「ええ。この顔が、何よりの証拠でしょう」
「まあ…確かに」
そう言い切られて納得してしまうほど、彼の顔と花京院の顔はよく似ていた。
気色悪いくらいだ。
少し、彼のほうが笑い方が柔和であるくらいしか違いが見つからない。
「あの、あなたのことを尋ねても?」
「もちろんですよ」
彼は微笑んで、自分のことについて語り始めた。
「わたしはテレリ族のエルフです」
「ということは、あなたはハイエルフハイエルフ古代エルフ、上(かみ)のエルフとも。世界が生まれた時から存在していたエルフの種族。強くてすごくて偉い。ゲームにおいても全てをそつなくこなせるハイスペック種族で、プレイヤーキャラとして堂々の人気第一位。なんですか?」
「ええ、そうです。テレリ族といえば黒髪や銀髪でしょう?ですがわたしはこのように赤毛なので、昔から変わり者扱いされていましてね。だったらハイエルフらしくないことをしようと思って、人間の町を渡り歩いていたのです。あなたの母上とはそこで出会いました。わたしたちは愛を育んだのですが……わたしが彼女を、故郷に連れて帰りたいと言ったその次の日に、わたしの元から去っていってしまったのです。そうですか、亡くなっていたのですね……」
花京院は、母親が彼から逃げた理由が、少し分かる気がした。
人間の町娘が、ハイエルフの世界で生きてゆけるはずがない。
「それでわたしは、彼女と、そしてお腹にいたはずの子供を探しに出たかったのですが…ちょうど40年ほど前、冥王モルゴス冥王モルゴスやばいやつ。ゲームの舞台たる指輪物語の世界の第一紀において、一番やばかったやつ。ゲーム内のユニークモンスターもやばい。の軍勢が、故郷の近くをうろついていた件で、帰らざるを得なかったのです。それが収まってあなたたちを探し始める頃には、もう手がかりを見つけることすら困難だったのです。ああ!早くに見つけることができなかった父を許してくれますか?」
「はあ……まあ…」
花京院としては、困惑することしかできなかった。
そんなことを言われても、顔も名前も知らなかった父親に、別に恨みも何もなかったし。
というか片親がいるだけで恵まれている方だったし。
テンメイは感極まったような顔をしている。
……承太郎はあくびをしている。
正直僕もあくびしたい。
この人、話が長い。
「ですが見つかったからには、もう何の心配もいりません。わたしと一緒に故郷に帰りましょう!」
「は…ええッ!?」
「何言ってやがる!?」
眠そうにしていた承太郎が突然大きな声を出したので、テンメインは驚いたような顔をした。
「当然でしょう?わたしの血を引いているのですから、長たちにも顔を見せないと」
「いやいやいや…僕はハーフエルフですよ」
「愛をもって生まれた子供に血は関係ありません」
「なんか矛盾してませんか…」
花京院は頭が痛くなるのを感じた。
駄目だ、話が通じないタイプだ。
「血は関係ないとして、今の僕は”鉄獄”を潜る冒険者なんです。だから、」
「”鉄獄”!?そんな危ないところに!?今すぐやめなさい!」
あ、本格的に駄目なやつだ。
「承太郎」
「おう」
「逃げるぞ!」
花京院の声を合図に、二人とも椅子を蹴って立ち上がり、出口に向かって駈け出した。
ちゃんとお茶もこぼしておいたので、テンメインは気を取られて「え!?あ!!」などと言っている。
その隙に二人は、博物館から逃げ出した。


「どーすんだ、あいつ」
「どうするもこうするも、無視でいいよ」
「…お前の父親だろ」
「ドッペルゲンガーにしか見えないし、何か言ってきてもスルーしよう。スルー」
「それでいいのか?」
「いいよ。僕を探してこの町に来たみたいだし、無視してて諦めたら故郷とやらに帰るだろう」
「そうか」
花京院はこの時、この話はこれでおしまいだ、と思っていたのだ。


>>戻る



Copyright(c) 2008 - 2014 heieieiei.org