承太郎と花京院が地上に戻ると、何やら空き家だったはずの建物の前で、人がざわざわしていた。 「何かあったんですか?」 花京院は野次馬らしき一人に声をかけた。 「ここに博物館博物館町の施設の一つ。アイテムを飾っておくことができる。入れたものは取り出すことができない。ゲーム攻略には一切関係ない、自分が楽しいだけの場所。ができたんだよ」 「へえ。博物館だってさ、承太郎」 「何か寄贈したいもんでもあるのか?」 「え、そうだな。拾ったけど使い道のないアーティファクトとか、木の像像アイテムの一つ。見て楽しいだけのもの。とか?」 「せっかくだし何か探すか」 「そうだね」 それで二人は倉庫に足を運んで、適当に突っ込んだいらないアイテムをゴソゴソした。 以前グレーター・ヘル=ビーストを倒した時に手に入れたTシャツTシャツ『GHBを倒したけどこんな嫌なTシャツしか手に入らなかったよ!』という名前のアーティファクト。ネタ枠。ステータスも低く、何も能力がなく、売っても1ドルという代物。が出てきたので、花京院はこれを博物館に寄贈することにした。 承太郎の方は、何やらユニークモンスターのものらしい骨を持ってきた。 そこで二人で、できたばかりの博物館へと冷やかしに行った。 中に入れば、同じようにアイテムを持ってきた冒険者がいるのだろう、すでにぽつぽつと像や人形、しょっぱそうな武器などが並べられていた。 「あのー、すみません。アイテムを寄贈したいんですが」 花京院が声を上げると、 「はい、お待ちくださいね」 と声がして、館長が姿を見せた。 そして固まった。 花京院も固まった。 承太郎は、花京院と館長の顔を見比べて、「まさかだろ」と呟いた。 博物館の奥から出てきたその男は。 ふわりと揺れる赤毛、切れ長の目、少々大きな口、色の白い肌、……全てが全て、花京院と瓜二つだった。 いや、目の色だけは違う。 彼の目は、薄い紫色をしていた。 「え…え?承太郎、僕、幻覚幻覚状態異常の一つ。画面がでたらめに表示される。怖い。の状態異常にかかっているのか?」 「いや、俺にも多分、お前と同じものが見えてるぜ」 「………お客さん、出身地とご両親のことをお聞きしても…?」 「僕は辺境の地生まれです。母は20年ほど前に死にました。父親のことは知りません」 「あなたの………年齢は?」 「46歳です」 「あなたの……お母上の…髪の色は黒、目の色は黄色でしたか?」 「……そのとおりです」 花京院がそう言うと、館長は「ああ!」と小さく叫んで、そしてがばりと花京院に抱きついた。 承太郎はとっさに斧に手をかけたが、それを振るうことはできなかった。 「ずっと探していましたよ!ようやく会えましたね!わたしの…かわいい……息子よ!」 テンメインと名乗った館長は、二人を博物館の奥のスペースに招き入れ、お茶を出した。 「ええと、そちらの方は…」 「俺の名は承太郎。こいつと二人でダンジョンを潜っている」 「二人で?」 「ああ」 「ですが、あなたは…バルログですよね?」 「もちろんだぜ」 「ええと…」 テンメインは一瞬困ったような顔をしたが、すぐに笑顔を見せた。 「いいでしょう。今はとうとう息子と会えたことの方が大事ですから」 「あの…本当に、あなたが僕の父親なんですか?」 花京院は恐る恐るといった様子で尋ねた。 「ええ。この顔が、何よりの証拠でしょう」 「まあ…確かに」 そう言い切られて納得してしまうほど、彼の顔と花京院の顔はよく似ていた。 気色悪いくらいだ。 少し、彼のほうが笑い方が柔和であるくらいしか違いが見つからない。 「あの、あなたのことを尋ねても?」 「もちろんですよ」 彼は微笑んで、自分のことについて語り始めた。 「わたしはテレリ族のエルフです」 「ということは、あなたはハイエルフハイエルフ古代エルフ、上(かみ)のエルフとも。世界が生まれた時から存在していたエルフの種族。強くてすごくて偉い。ゲームにおいても全てをそつなくこなせるハイスペック種族で、プレイヤーキャラとして堂々の人気第一位。なんですか?」 「ええ、そうです。テレリ族といえば黒髪や銀髪でしょう?ですがわたしはこのように赤毛なので、昔から変わり者扱いされていましてね。だったらハイエルフらしくないことをしようと思って、人間の町を渡り歩いていたのです。あなたの母上とはそこで出会いました。わたしたちは愛を育んだのですが……わたしが彼女を、故郷に連れて帰りたいと言ったその次の日に、わたしの元から去っていってしまったのです。そうですか、亡くなっていたのですね……」 花京院は、母親が彼から逃げた理由が、少し分かる気がした。 人間の町娘が、ハイエルフの世界で生きてゆけるはずがない。 「それでわたしは、彼女と、そしてお腹にいたはずの子供を探しに出たかったのですが…ちょうど40年ほど前、冥王モルゴス冥王モルゴスやばいやつ。ゲームの舞台たる指輪物語の世界の第一紀において、一番やばかったやつ。ゲーム内のユニークモンスターもやばい。の軍勢が、故郷の近くをうろついていた件で、帰らざるを得なかったのです。それが収まってあなたたちを探し始める頃には、もう手がかりを見つけることすら困難だったのです。ああ!早くに見つけることができなかった父を許してくれますか?」 「はあ……まあ…」 花京院としては、困惑することしかできなかった。 そんなことを言われても、顔も名前も知らなかった父親に、別に恨みも何もなかったし。 というか片親がいるだけで恵まれている方だったし。 テンメイは感極まったような顔をしている。 ……承太郎はあくびをしている。 正直僕もあくびしたい。 この人、話が長い。 「ですが見つかったからには、もう何の心配もいりません。わたしと一緒に故郷に帰りましょう!」 「は…ええッ!?」 「何言ってやがる!?」 眠そうにしていた承太郎が突然大きな声を出したので、テンメインは驚いたような顔をした。 「当然でしょう?わたしの血を引いているのですから、長たちにも顔を見せないと」 「いやいやいや…僕はハーフエルフですよ」 「愛をもって生まれた子供に血は関係ありません」 「なんか矛盾してませんか…」 花京院は頭が痛くなるのを感じた。 駄目だ、話が通じないタイプだ。 「血は関係ないとして、今の僕は”鉄獄”を潜る冒険者なんです。だから、」 「”鉄獄”!?そんな危ないところに!?今すぐやめなさい!」 あ、本格的に駄目なやつだ。 「承太郎」 「おう」 「逃げるぞ!」 花京院の声を合図に、二人とも椅子を蹴って立ち上がり、出口に向かって駈け出した。 ちゃんとお茶もこぼしておいたので、テンメインは気を取られて「え!?あ!!」などと言っている。 その隙に二人は、博物館から逃げ出した。 「どーすんだ、あいつ」 「どうするもこうするも、無視でいいよ」 「…お前の父親だろ」 「ドッペルゲンガーにしか見えないし、何か言ってきてもスルーしよう。スルー」 「それでいいのか?」 「いいよ。僕を探してこの町に来たみたいだし、無視してて諦めたら故郷とやらに帰るだろう」 「そうか」 花京院はこの時、この話はこれでおしまいだ、と思っていたのだ。 >>戻る |