彼らは町から出て、ワタリガラスワタリガラス鳥タイプのモンスター。広域マップ(ワールドマップ)にしか出現しない。を叩きのめしながら”山”へ向かった。 ”山”に入ってすぐは、階層がレベルに比べて低いのもあって、探索はさくさく進んだ。 もちろん少しでも油断すればあっさり命を落とすので、きちんと周りを見ながら、だ。 途中、倒し漏らしていたユニークモンスターユニークモンスターゲーム中1体しか出てこない”名のある”モンスター。出てくる階層に対して若干強い。特殊な攻撃をしてくるものも多く、見つけたら気を引き締めるべし。ちなみにいろんなパロディの多いゲームなので、クッパ大王やらベガやら石川五右衛門やらなんでもいる。吸血鬼タイプのモンスター『ディオ・ブランドー』とか鳥タイプのモンスター『ペットショップ』までいる。である『手負いの熊』『手負いの熊』四足獣タイプのユニークモンスター。変わった攻撃はしてこないが、若干攻撃力が高い。広域マップに出ることもあるので、初めて広域マップに足を踏み入れるレベルの低いプレイヤーキャラは気をつけなければいけない。の首を取る。 二人とも『熊』に手こずるレベルはとうに超えていたので、あっさりしたものだった。 「あ、承太郎」 「何だ」 「『手負いの熊』は確か賞金首賞金首ゲームスタートと同時に20体のユニークモンスターが賞金首に設定される。これはゲーム中に変わることはない。持ち帰った賞金首の死体の数に応じていいものがもらえる。のはずだ。死体は捨てずに持って帰ろう」 「分かったぜ」 承太郎は『熊』の死体を拾い上げると、ザックと一緒に自分の肩付近のトゲに結びつけた。 「便利だな、それ」 「そうか?着れない鎧装備制限職業によって着れない鎧などはある(忍者は重いものを着れない、など)がバルログだからといって着れないものはない。まあ物語の都合ということで…なんかもあって面倒だぜ」 「ああ、それは大変そうだ。僕なんか耳がちょっと尖ってるくらいだから、人間のものがそのまま使えるんだよね」 「そいつァ羨ましい限りだ」 人間という種族は、寿命は短いし力は弱いし、かといって魔法を使うのが取り立ててうまいわけでもない、正直あらゆることにぱっとしない種族である。 しかし、だからだろうか、稀代の英雄というのはいつも、人間の中から生まれていた。 英雄たちの時代が過ぎてからも、彼らが使っていた武器や防具などが出まわることがある。 アーティファクトアーティファクトゲーム中に1つだけ出てくるアイテム。アイテムの名前も能力も決まっている。名前の最初に★マークがつくのですぐ分かる。大体が強いものだが、たまにしょーもないものもある。★レイピア「シルバーチャリオッツ」なんかはスピードや攻撃回数にも補正があってかなり強い。と呼ばれるそれらは、強いだけでなく特殊な力が備わっている事が多い。 そのため、それらを無理なく使える――もちろん使いこなすのは簡単ではないが――種族や職業は、それだけで有利なのだ。 とはいえそんなものは、当然そうあっさり見つかるものではない。 花京院も承太郎もそこそこいい武器や防具を使ってはいたが、大昔の英雄が手にしていたようなアーティファクトなど、まだまだ先の話であった。 ―――だが二人とも、それが「夢のまた夢」だとは感じていなかった。 彼らは”山”と町を往復してレベル上げをすることにした。 そうして町を出入りしている二人は、当たり前だがたいそう目立った。 そもそも二人で行動しているだなんてことが不可思議だし、それも捕食関係であるバルログとハーフエルフなのだから尚更である。 酒場で楽しそうに、”山”で狩ったトロルトロル体の大きなモンスター。イメージされる通り、力は強いが頭は悪い。ちなみにトロル自体はプレイヤーキャラとして使えないが、ハーフトロルが選択肢にある。ただ戦士系として使うにも器用さが足りずイマイチで人気はない。の一団の話をしている彼らを、周りの人々は遠巻きにして噂の種にした。 一体どういう仲なのだろう? たとい乳飲み兄弟だとしても、二人とも冒険者となったなら、争う以外に道はないというのに。 彼らを気にしていたのは、何も同業者ばかりではなかった。 酒場で客、あるいは獲物を探している女性たちも、ヒソヒソと彼らのことを口に乗せていた。 そしてその晩、好奇心の強い一人の女が、承太郎と花京院の座っているテーブルに近付いた。 「ハァイお兄さんたち、随分仲が良さそうね。女はお呼びじゃないかしら?」 彼女はその職が一目で分かる服装をしていた。 肩や胸、太ももまで露わにして、肉感的なそれらを見せつけるかのようだ。 その肌は紫がかり、手の先がハサミのようになっている。 彼女が悪魔の血を引いているのは歴然としていた。 承太郎と花京院はちらりとお互いの目を見た。 彼女は人間ではないから、バルログの食べ物にはならない。 だがもちろん、ダンジョンではないから人殺しをしてはいけないという法律はない。 女性を抱こうが殺そうが自由だし、それはつまり、女の方に殺されても文句は言えないということだ。 実はここでは、娼婦という職業はあまり人気がない。 そんな危険を犯してまで、というのもあるが、冒険者の大半が寿命の長い種族なので、そもそも性欲の少ない者が多いのだ。 そして、だからこそ数少ない娼婦は、自分に自信のあるものたちばかりだった。 「あたしは別に3人でもいいし、どっちかでも構わないわよ」 花京院は大げさな身振りで肩をすくめた。 「僕は今そんな気分じゃないな。承太郎、君がそんな気分なら、別に止めないよ。先に部屋に戻っているさ。君の部屋へは明日の朝にでも行くよ」 そう言って銅貨を置いて立ち上がる。 承太郎は花京院を引き止めなかった。 翌朝花京院は、いつもより少々遅い時間に目を覚ました。 承太郎はまだ起きていないのだろうか。 その日は隣同士の部屋が取れなかったので、音が聞こえたわけでもないし――― 花京院は首を振った。 彼が女性とそういうことをする音など聞いたところで、別に何も楽しくはないだろう。 花京院は承太郎の部屋まで行くと、扉に手をかけた。 鍵はかかっておらず、扉は何を拒むこともなくあっさりと開いた。 何もこれは、承太郎が不用心だという意味ではない。 安宿の鍵などあってもなくても同じようなものなので、面倒に思って鍵をかけない冒険者は結構いるのだ。 証拠に、花京院が部屋に足を踏み入れた途端、扉のそばに控えていたバルログに、首元に斧を向けられた。 「おはよう承太郎、僕だ」 「なんだ、花京院か」 承太郎はボリボリ頭をかきながら斧を降ろした。 くあ、と眠そうにあくびをしている。 「どうやら昨日はだいぶ楽しんだようだね」 「あ?昨日?昨日なんかあったか?」 「え、君、あの女悪魔買わなかったのか?」 「あー、あいつか……具合よくなかったからとっとと帰したぜ。おかげで夢見が悪くてまだ眠ィ」 「そんなにひどい女だったのか?」 花京院は承太郎のことが少々心配になってきた。 寝付きが悪くなるほどの悪徳業者だったのだろうか。 「あー、あの女がっていうか……」 承太郎はちらりと横目で花京院を見下ろした。 「いや、何でもねえ。…今日も”山”だろ?」 「ああ、そのつもりだ」 花京院がそう言うと、承太郎はザックを手にしてニヤリと笑った。 「俺にはてめーといるほうがよっぽど楽しいって分かったってとこだぜ」 >>戻る |