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鉄獄より愛をこめて - 3階


”以前にも出会ったことがあるような気がするが、どうしても思い出せない。”


承太郎と花京院の二人旅は、案外楽しく進んだ。
戦いが楽になったのもそうだが、部屋を照らす呪文だとか罠を見つける呪文だとかを唱えている間も無防備でないというのが、これほど安心できることだとは思っていなかった。
承太郎の方も、花京院のそれらの魔法で冒険が快適になるため、率先して見張りを引き受けた。
モンスターとの戦闘はもちろん気が抜けないが、それでもダンジョンを進むスピードは格段に向上していた。
承太郎は、これならもっと深部に行けると思って歩を進めた。
花京院の方も、本当ならさっさと地上に戻って、倉庫に眠っている帰還用のアイテムを再び手にしたいと思っていたのだが、探索はさくさく進むしアイテムもほどよく手に入るし(むろんいい感じのアイテムは承太郎の手に渡るのだが)、もうちょっと一緒にいてもいいかな、と思い始めていた。
「承太郎、そこの長い通路の先、キノコキノコキノコには食料アイテムのキノコとモンスターのキノコ(おばけキノコ)がいる。だいたい弱いが、たまにいやらしいやつもいる。の大群がいらっしゃるみたいだ」
「そうか。壁、溶かせる岩石溶解周りの壁を溶かして、部分的に地形を変える魔法。複数のモンスターがいる時や召喚魔法持ちの相手と戦うときに、1対1に持ち込むのに利用される。か?」
「うーん、できるけど……MPがまたちょっと減ってきてる。温存したい」
「分かった。ちょっと待つか?」
「大丈夫だろう。君の魔法なら」
「おう」
そう、二人ともあまりにもさくさくと進むものだから、少々慢心していたのだ。
―――それが一番の命取りであるのは、先人たちの墓を見れば一目瞭然だというのに。
承太郎はブレスでドアを壊し、そのままおばけキノコたちに地獄の矢の魔法を撃ち込んだ。
絶叫おばけキノコ絶叫おばけキノコいやらしいキノコ筆頭。こいつ自体は非常に弱いが、その名の通りプレイヤーキャラを見つけると泣き喚き、他のモンスターを起こしてくれる。が絶叫する。
透明おばけキノコ透明おばけキノコそこまでいやらしくないキノコ。透明ですぐには気付かず、そのうちに増殖される。でも早くはないし範囲攻撃の手段を持っていれば怖くない。は透明のまま跡形もなく消え去る。
少しだけ残ったキノコたちも、次の一撃で、
パチン!
花京院は承太郎の動きが止まったのが見えた。
「う…」
とうなって頭に手をやるのも。
「承太郎?大丈夫かい?」
心配になって話しかけた。
その手をどけた承太郎の目が、花京院の目を捉える。
その目は猜疑心に満ちていた。
「誰だ、てめー?どうして俺の名を知っている?」
花京院は、何の冗談かと笑おうとしてはっと気が付いた。
キノコ。
突然僕が分からなくなった承太郎。
……記憶苔記憶苔いやらしいキノコその2。近付くとプレイヤーキャラの記憶を消してくる。記憶喪失になると、装備品やアイテムが未鑑定の状態になる。一部のアイテムは鑑定しないと使えないため、見つけたら真っ先に倒したい。か!
花京院は取りも直さずテレポートの呪文を唱えた。
飛んだ先にこれといったモンスターがいないことを確認して、ため息をつく。
マズイ。
彼は今、記憶を消されている。
僕のことなど、まだ生きている食料くらいにしか見えていないだろう。
花京院はキョロキョロしてから床に座り込んだ。
彼は足音が大きいから、近付かれたら分かるだろう。
さて、では僕は、どうするか。
HPは満タンだし、MPだってカツカツというほどではない。
薬や杖もちょこちょこ拾ったから、帰還の詔の巻物を見つけるまで、一人で進むこともできるだろう。
うん、それが最善だ。
なんだかんだ深くまで来てしまったから少々心細いが、元の通りに戻っただけだ。
誰かと共同でダンジョンを進む方がおかしいのだ。
記憶を失った承太郎が生き延びれるかどうかは怪しいところだが、まあ、……まあ仕方ないだろう。
今もし出会ったりしたら、僕は持てる魔法の全てで彼を殺さなければならない。
そうしないと僕が死ぬ。
花京院は首を振って立ち上がった。
テンションが下がったからか、なんとなく眠くなってきた気がする。
そういえば、ここ5日くらいずっと、少しの休憩休眠HP、MPともにターン経過で回復するため、傷ついた場合はその場で足踏みという休息を取ることが大事である。だがゲーム中で睡眠は必要ない。それが必要なのはプレイヤー本人である。疲れは判断力を鈍らせ、それは死を意味する。万全の体勢で挑もう、ローグライクはぬるくない。しか取っていない。
花京院には半分エルフの血が入っているから、一週間くらいは平気で起きていられるエルフの休眠指輪物語では、エルフは目を開けて歩きながら眠れるとのこと。チートか。が、それは脅威が悪徳宿屋の親父とかケチな泥棒くらいしかいない地上の話であって、一日中緊張していなければならないダンジョンではそうもいかない。
早く他のフロアに繋がる階段階段他のフロアに行ける階段。一度使ったら消えるものではなく、上と下を何度でも行き来できる。ダンジョンに入った時に形成されるので、同じ階段を登り降りする分にはフロアの内容は変わらない。を見つけて、その隣で少しだけ寝よう。
そう考えて、実際そうかからないうちに階段は見つかった、のだが、その上に陣取っている大きな黒い影がひとつ。
あの大きさ、体に走る白い線、何故かいつも脱がない帽子……間違いない、承太郎だ。
死角から見守っていると、彼はザックから大きなものを取り出した。
それはぐったりと力の抜けた、土気色のエルフの死体だった。
ゲェ、と花京院は思った。
今からあれを食べるのか。
悪魔の食事など目にしたことはなかったが、愉快なものではないだろう。
けれど彼の様子を見るため、あと少しの好奇心のため、花京院は目を伏せなかった。
承太郎はその死体を丁寧に横たえた。
胸の上で両の手を組ませ、半開きになっていた目を閉じさせる。
それから承太郎は自分も目を閉じて、何やら小さく呟いた。
彼と神とは仲が悪いから、きっと純粋な死者の冥福のための祈りだろう。
それが終わると承太郎は、死体の頭と胸の上に手を乗せた。
すると死体は、承太郎の手が触れているところから、静かに灰になっていった。
そして最後に灰の中に残ったのは、白く光る魂だけだった。
承太郎はそれを両手でそっとすくいあげた。
魂はそれだけでほろほろと崩れ、承太郎の体を少しだけ照らして、そのまま消えていってしまった。
食事が済むと承太郎はザックを背負い、階段にもたれかかって目を閉じた。
眠るつもりだろうか。
彼だってもう5日以上寝ていないのだ。
花京院は何故だか承太郎から離れるという気になれず、魔法で壁を溶かして穴蔵を作り、その奥で眠ることにした。


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