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鉄獄より愛をこめて - 1階


”それは冒険者を食料ぐらいにしか考えていない。”


花京院は片手を高く上げて本日三度目の食糧生成の呪文を唱えた。
とはいえダンジョンダンジョンモンスターやアイテムの出てくる、冒険のメインとなる場所。入る度に地形が変わる。に光は一切入ってこないから、おそらく「本日」ではないのだろうが。
疲労の影響か、魔法は一度失敗した。
花京院は注意深くあたりを見回して、今の呪文を聞きつけてやってくる者達――動く肉の塊とか、口から炎を垂らす犬とか、体内に爆弾を仕掛けられたイークイーク低レベルの魔物の一種。醜く、力も頭も弱い。とか――がいないか確認した。
それから残りMPをチェックして、もう一度手を上げ呪文を唱える。
今度は成功したようで、生まれでた食料食料もっとも大切なもの。空腹状態になり一定ターン経過すると、何レベルだろうと関係なく死ぬ。がダンジョンの床にぽとりと落ちた。
それはぎゅっと固めたパンを何年か寝かせておいたような感じのもので、ちょっとカビっぽい臭いがするし、正直あまり美味しくはないのだが、腹は十分満たされる。
花京院はそいつを拾って咀嚼しながら、軽くなったザックザックアイテムを入れて持ち運ぶもの。これ自体はアイテムとは見なされない。ザックには23種類のアイテムを入れておくことができ、同じ種類なら「2つの食料」というように重ねることができる。を見つめてため息を付いた。



花京院はハーフエルフハーフエルフエルフと人間の混血。人間のたくましさとエルフのパイスペックさを併せ持つ…とのことだが正直人間が弱すぎるので選ぶならエルフかハイエルフ(古代エルフ)の方がいい。戦士も魔法使いもどちらもいけるタイプ。メイジメイジ魔法のプロフェッショナル。あらゆる魔法領域から好きなものを2つ選ぶことができる。魔法しかできないので腕力は弱く、防御も紙。である。
ハーフエルフというのは、エルフと人間の混血のことだ。
あまりたくさんはいないが、そう珍しい方でもない。
メイジというのはいわゆる魔法使いである。
花京院が扱う魔法領域魔法の領域魔法のジャンルのこと。最初のキャラメイクで選んだ領域の魔法しか使うことができない。職業によって0個~2個選べる。自然自然の魔法モンスター感知、罠感知、治癒魔法、部屋を照らす魔法など、ダンジョン探索に必要な魔法が充実している魔法領域。攻撃方法はわずかなので補助魔法として使われることが多い。の領域とカオスカオスの魔法攻撃系の魔法領域。トリッキーなものもいくつかある。攻撃力は申し分のない魔法だが、失敗するとまれにカオス的効果(何が出るか分からないが悪いことばかり)を受けることがある。の領域だ。
つまり、探索系の魔法と混沌系の攻撃魔法が得意だということだ。
まあ、ここでは魔法領域の名前とかはどうでもいい。
今大事なのは、花京院がとあるダンジョンに潜っていて、そして、帰還のロッド帰還のロッドダンジョンから出ることのできる魔法のロッド。何度でも使える。巻物もあるがそちらは使い捨てなので、手に入れたらこれが帰還のメインとなる。が壊されてしまったということである。
とても困ったことになった。
食糧生成の魔法があるからすぐ死ぬことはないだろうが……。
しかしこの世界、ほんの少しも甘くはない。
死んだらそこで終わりである。
セーブ地点からやり直せるなんて親切設計は一切ない。
花京院はそろそろと歩き出した。
慎重に、ちょくちょくモンスター感知の魔法を唱えながら、である。
その感知に、何かの気配が引っかかる。
耳を澄ませていると、ヌシヌシという足音も聞こえてきた。
どうやら気配を隠すのがあまり得意でない、体のでかいモンスターらしい。
ゴーレムゴーレム魔物の一種。プレイヤーが選ぶことのできる種族の一つでもある。体力、腕力、耐久力にすぐれるが、魔法を使うのが壊滅的に下手。個人的オススメはアーチャー。か何かだろうか?
じっと息を潜めていると――花京院の方は気配を消すのがうまいので――通路の暗がりから、大きな黒いものが姿を現した。
あ、これはヤバい。
花京院の頭の中でアラートがビービー音を立てた。
姿を見せたのは一匹の巨大なバルログバルログ上位の悪魔の一種。元ネタは指輪物語。モンスターとしても出てくるし、プレイヤーが選べる種族でもある。体が大きく、炎を吐く。見た目に関しては二次創作の余地がある。ゲームとしては、ほとんど全てのステータスが平均以上というチート種族だが、圧倒的なほどレベルアップが遅いので中級者向け。普通の食料は栄養にならず、人間タイプ、エルフタイプ、ホビットタイプのモンスターどれかの死体を持ち運ぶ必要がある。だった。
身の丈3メートル以上はありそうだ。
真っ黒い体に、腕や足など筋肉に沿って白っぽく光る線がいくつか走っている。
角の生えた頭についているのは、印象的な緑の瞳だ。
現実逃避をして逆に相手のことをじっくり観察してしまうほど、花京院は焦っていた。
バルログというのは、高位の悪魔の一種である。
姿こそ二足歩行の人型であるが、その禍々しさは人間の比ではない。
しかもやつらは、人間だとかエルフだとかホビットだとか、そういう生物を食料としているのだ。
ハーフエルフの自分は、つまり。
花京院はそっと身を引いて逃げようとした。
カチリ。
足の下で何やら音がして、そこから小さなダーツ小さなダーツ、警報装置、落とし穴などダンジョンには様々な罠が仕掛けてある。罠の感知や解除にもある程度の技能が必要。がいくつか飛んできた。
それらをかわすことには成功したものの……花京院はたたらを踏んで通路から部屋へと入ってしまった。
そう、先ほどのバルログがいる部屋に。
バルログは花京院を目に留めて、面倒くさそうな顔をした。
脇に抱えていた魔法書魔法書魔法を使うための本。使いたい魔法が書いてある本がなければ、どんな高レベルのメイジでも魔法を使うことはできない。燃やされたり壊れたりすることを想定して、2冊以上持ち歩くのが安全。ちなみに「読む」必要があるので、盲目状態にされても魔法は使えない。を開く。
ヤバいやつやあかんこれ。
バルログの動作はあまり素早いものではなかったから、花京院の方が先に自分の魔法書を開くことができた。
テレポートテレポートその場から離れた場所に移動することができる魔法。とても大事な魔法の一つ。直接魔法としてテレポートを使えない冒険者も、誰でも使えるテレポートの巻物を何枚も持つのが常識。の呪文を唱えようとして、さっと青ざめる。
食糧生成、モンスター感知、そんなものにMPを使いすぎて、テレポートを唱えるだけの精神力が残っていない!
慌ててザックに手を突っ込み、ショートテレポートショートテレポート近距離にテレポートする魔法。目の前の敵から逃げたくはないが体勢を立て直したいというようなときに使う。の巻物を取り出して読み上げた。
次の瞬間、花京院は何やら硬いものに頬を押し付けていた。
……バルログの胸だ。
ショートテレポートは成功し、そして、花京院はバルログの腕の中にいる。
「!!?」
「……!?」
バルログは更に顔をしかめて本を閉じた。
それはそうだろう、この距離で魔法を使えば自分も巻き添えを食らう。
それで彼は、肩に背負っていた斧に手を伸ばした。
ヤバい、死ぬ。
ここはもう、あれしかない。
「待ってください!!命ばかりはお助けを!!!有り金全部置いていきますから!!」
花京院はなりふり構わず命乞いをした。
この、有り金全部というのは、一見意味が無いように聞こえる。
殺してしまえば結局有り金は全部手に入るように思えるからだ。
だがしかし、そうではない。
冒険者の手持ちは、ザックの中のものが全てではない。
身に着けている装備品にこそ、一番金をかけているのだ。
だから、殺す過程でそれらが駄目になるのは避けたいところなのである。
金を求めている者にとっては。
……経験値を求めている者にとっては、また違うわけだが。
だが、このバルログはそっちのタイプではなかったようだ。
「何だお前、俺に危害を加えるつもりはねーのか」
「ないです!まったく!一切!僕はもうHPもMPも、それからアイテムも尽きかけてる状況なんです。バルログと戦うなんて冗談じゃないです。あなたは…あなたは僕を食べたいかもしれませんが」
「いいや」
バルログは自分のザックを――明らかに人間のサイズのものが入っている――ちらと見やった。
「食料は間に合ってる」
「そ、そうですか」
花京院としては、早々にこのバルログの元から立ち去りたかったのだが、でかくてごついバルログの腕の中にいるものだから、身動きが取れずにいた。
「だがしかし、確かにお前はいい匂いがするな」
「ヒッ!?」
このまま頭からバリバリと、というのを想像して身を硬くする。
が、バルログはくつくつ笑うだけだった。
「冗談だ、殺しゃしねえよ。いたずらに持ち運ぶ死体増やしたって、ザックを圧迫ザックの容量ザックには23種類という制限の他に、重量制限がある。アイテムごとに重さが決められており、その合計が制限の数値の何%であるか表示される。具体的な数値は腕力ステータスによって決定される。持ち運べる容量の100%をオーバーすると、減速してしまう。するだけだ。てめー、そんな状況でどうして帰らねえ?」
「あー……」
花京院は目を泳がせたが、やがて観念したようにため息を付いた。
「帰還のロッドを壊されました…」
「プッ」
今度こそバルログは思い切り吹き出して笑った。
「マヌケだな」
「う、うるさいな!マヌケだなんて自分が一番分かってます!」
「ハハ、そうだろうな。どうだ、俺と一緒に来るか?」
「えッ!?」
「もっと潜るつもりだから、すぐには帰してやれねえが。一人でMPの自転車やるよりいいだろ」
「え、…どうして……?」
「さあな、どうしてそんな気分になったのか、そこんとこだが俺にもよう分からん。…非常食ってとこか?」
バルログはニヤリと笑った。
花京院は非常食だなんて言われて黙っていられるタイプではなかったが、バルログの笑った表情が、なんというかあまりにもカッコ良かったものだから、「ぐぅ」と唸るだけで何も言えなかった。
「お前メイジだろ。補助領域は?」
「自然だ」
「そりゃあいい。しっかり働けよ」
花京院はふと、この力関係は悪くないのかも、と思った。
チームチームこれ系のゲームでは信じられるものは己一人である。ペットとしたモンスターを連れ歩くことはできても、パーティを組むことは一切できない。でダンジョンを潜る冒険者など聞いたこともない。
それは、自分以外に信用できるものは誰も居ないという単純明快な理由によるものだ。
いつ寝首をかかれるか分かったもんじゃないし、そうでなくとも、戦闘の分担、戦利品の分配、食料、買い物……お互いが納得できる冒険なんてありはしない。
それよりは身一つ、自分だけの力で進む方がよっぽどいい。
けれど、このように上下関係がはっきりしていれば、自分は彼に逆らうことはできないし、彼だっていつでも殺せる便利なしもべを、わざわざ今殺すこともないだろう。
そうして彼らは、二人一緒にダンジョンを進むことになったのだ。


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