鉄獄より愛をこめて 44F

”上手くいく方法が判らないなら、上手くいかない方法を楽しめばよい。”

「あーあー……」

花京院は鏡を見ながら自分の右の頬を撫でた。
それから喉元、そして左肩。
腹や足も同じだろう。
「どうした?」
ベッドに腰掛けて武器を磨いていた承太郎が声をかけてくる。
花京院は恨めしそうな顔をして振り向いた。
その顔の右の頬は、花京院の白っぽい茶色の肌、にしてはちょっと黒すぎる。
「……コゲてるんだよ、君の炎で」
「………コゲ」
「唇も元から色が違うから分かりづらいだろうが、ヒリヒリする。どう考えても君がキスしたところが焼かれてコゲてるとしか思えない」
「そいつは……また……熱烈なキスマークをつけちまって悪かったな」
「何をニヤニヤしてるんだ!」
花京院は自分のスピアの柄でぺしりと承太郎の頭を叩いた。
「キスマークみたいに恥ずかしいだけならいいが、これ、そこそこのダメージになってるんだぞ。致命傷ではないけどさ。次からは気をつけてくれ」
「……気をつけようがねえだろ」
それはそうだ、情事の最中に体が燃え上がるのを防ぐすべなどあるわけがない。
「うーん、じゃあこうしよう。ヤってる間はキスは禁止。体のどこへもだ」
「えー」
「えーじゃありません」
「まァ、お前の体へのダメージになるなら我慢するぜ。その代わり、ヤってないときにはキスさせろよ」
「分かったよ」

などと言っていたのがおよそ3週間前。

花京院はまたあちこちコゲた体で、縮こまっている(なるべく)承太郎を見下ろしていた。
床に座った承太郎と立っている花京院で目線が同じくらいなので、正確には見下ろしてはいないのだが。
「……キスはするなと言ったよな?」
「………すみませんでした。ッだが仕方ねーだろ、乱れてるオメーを見て抑えがきくわけねえ」
「分かった。それなら僕にも考えがある」
というわけで、二人はモリバントの武器匠にやってきていた。
防具の能力値を見てくれたり、武器を比較してくれたりするところだ。
「口枷ェ!?」
店主のドワーフは目を見開いた。
「そうだ。俺の口を覆う口枷を作って欲しい」
「いやはや……」
ドワーフは信じられないという顔で首を振った。
それも当然だろう。
高位の悪魔であり、プライドだって山ほど高いバルログに口枷だなんて、聞いたことがない。
だが礼は弾むと言われて渡された金貨袋の重さで、引き受けることを決めてくれたようだ。
そうして出来上がった口枷は、頑丈な鉄でできた、見た目もなかなかよろしいものであった。
無骨な印象が強いドワーフであるが、実は工作物への美意識はかなり高い。
美しい宝石や金の細工、勇猛果敢さを表現した士気の上がる武器や鎧など、ドワーフが作ったものの素晴らしさは、千年前から不仲のエルフたちでさえ認めるところである。
承太郎の口枷も、彼の大きな顎にぴったりと、緩すぎずキツすぎずフィットする実用性ももちろん、承太郎の体のものと同じようなトゲと炎をあしらった装飾が、口枷というより顎につける武器のようにも見える。
それでいて、口枷ごしにキスをするような体勢になっても、決して相手を傷つけないようなデザインになっていた。
二人はドワーフの仕事にたいへん満足して、これなら心置きなく愛を交わせると思った。
そんな二人が、溶けてしまった口枷と更に膨れた金貨袋、それから材料のためのミスリルを手にドワーフの元を再度訪れるのは、もう少しだけ先の話である。