鉄獄より愛をこめて 42F

”何をやってもうまくいかないときには説明書を読みましょう。”

「花京院……!?」

承太郎は花京院の体を支えて起こした。
目は閉じているが、息はある。
ご丁寧にまつげまでピンク色の花弁のようになっている。
それが花京院の吐息にふわりと揺れる。
彼の赤い髪も、今やさわさわとそよぐ赤い花だ。
先ほどから感じていた甘い匂いは、彼の体から立ち上っていたのか。
確認するためにベッドに寝かせて服を脱がせてみれば、その体は白樺のような、白と茶が混ざった硬い木の皮に包まれていた。
ところどころ、小さな芽が生えている。
どう見ても、エントである。
いや彼はハーフエルフであったはずだ。
あれだけおいしそうな………そこではっとした。
今の花京院は、その魂は、食べ物には見えない。
彼があれだけ自分を食べろと言ったのは、もう食べることができなくなるから、と言ったのは。
承太郎が動揺している間に、花京院は目を覚ました。
自分で自分の顔をぺちぺちと叩いて、ため息を吐く。
「とうとう完全に変わってしまったのか」
「どういうことだ?何が起きた?」
「放射能廃棄物の属性攻撃の副次効果だ」
花京院は左足をさすりながら白状した。
「以前、不可解な煙霧に襲われただろう。そのとき、左足に攻撃を受けた。ダメージはさほどでもなかったんだが……放射物攻撃の一番厄介な『種族変化』を食らったんだ」
「最近俺の誘いに乗ってこなかった理由はそれか」
「ああ……君に、木の皮に変わった肌を見られたくなかった。幸い変化の速度はゆっくりだったから、何とか戻せないか、無理でも食い留められないか頑張ったんだ。だが……できなかった」
花京院は困ったような疲れたような笑みを見せた。
「こうなる前に、君に食べて欲しかったんだが。君、エントは」
「ああ、食えねえ」
「そうか……」
「だが」
「え?」
頬に手を添えて上を向かせる。
その目は変わらぬ黄緑色だ。
今では若葉の色にも見える。
「俺が、お前のことを『食えるから傍に置いてる』、なんて、他のやつらが言ってることが間違いだなんて、分かってるだろう」
「そうだけどさ、だが承太郎、僕は」
花京院は承太郎の大きな黒い手にすり、と頬を寄せた。
「僕は、いつの日にか君に食べられるのが夢だったんだ………」
「…………」
彼の目には哀しみがたたえられていた。
ふと承太郎は、この場を支配している悲壮感に対して、急激に腹が立ってきた。
どうして俺とこいつに、楽しくダンジョンを潜るのが仕事の俺とこいつの間に、こんな空気が流れているんだ?
そういうのは他でやって欲しい。
そこで承太郎は、両手で花京院の頭をつかみ、思い切りキスをした。
顎の角度を変えて、深く、長く。
最後にべろりと唇のおもてを舐めて、ようやく承太郎は花京院を解放した。
「分かった、花京院。お前はハーフエルフだったが、今ではエントだ。ただそれだけだ。カオスと自然の領域を使うメイジなのには変わりがないし、俺と一緒にダンジョンを進むのも変わらねえ。だったらどうでもいいだろう。ほら、さっさと明日の準備して寝るぜ」
「え、あ、うん」
承太郎は花京院を横たえたベッドに自分も乗り上げ、彼を抱き込んで眠ってしまった。
やがてその暖かさに包まれた花京院も、うつらうつらと目を閉じた。