鉄獄より愛をこめて 40F

”若い人よ、あんたは下り坂を下ってるとは思わんかね?”

「花京院、ここの宿、今日は風呂のサービスをするようだ」

「本当かい?久しぶりに体を清めたいな」
宿の二人部屋で休憩をとっていた花京院は、承太郎がフロントから持ち帰ってきた朗報に喜んだ。
カビと埃と血に汚れた冒険者たちは、どうせまたカビと埃と血に汚れるので、あまり体を洗うということはしない。
他のモンスターに感知されないようにという理由で、たまに臭い落としの行水をするくらいだ。
だがだからこそ、宿泊施設がたまにドラム缶やら何やらを用意して行う風呂のサービスは、結構な人気があった。
ちなみに高級な宿にはデフォルトで風呂が設置されているが、それは縁のない話である。
「バルログやゴーレムも専用の風呂を用意するっつってる」
「それは嬉しいんじゃあないか?」
「ああ」
「僕が荷物見ててやるから、先に行ってこいよ」
「助かるぜ」
もちろん普通であったら、自分のザックや所持金はきっちりがっちり自分で管理する必要がある。
花京院はクロークを脱いで、数週間ぶりの風呂にわくわくしながら承太郎を待った。

承太郎が部屋に戻ってきて荷物番を交代し、花京院も風呂代を握りしめてフロントに向かった。

その時の彼の顔は実に楽しそうであったので、承太郎は、帰ってきた花京院が沈んだ表情をしているのに首を傾げた。
「どうした、花京院?何かあったのか?」
「いや、……なんでもない」
「誰かに何かされたのか?」
「いや、そういうようなことじゃあない。君が気にすることじゃないよ」
「そうか?」
承太郎は花京院を見下ろした。
濡れた髪がうなじに張り付いている。
白い肌に、ほてった頬が妙に艶かしい。
承太郎は花京院の頬から首にかけてを、するりと撫でた。
花京院が弾かれたように顔を上げる。
「あの!あの、承太郎」
「なんだ」
「申し訳ないんだけど、その、僕、今日、そんな気分じゃあない」
「そうか」
承太郎は花京院に向かって伸ばしていた手を引っ込めた。
彼がそう言うのなら、無理に付き合わせるつもりはない。