鉄獄より愛をこめて 31F

”冒険者の運命を勝手に決めつけては残酷に笑いかける。”

花京院は有能な魔法使いであり、強力な冒険者であった。

彼がアリーナで勝ち進んでいったのも、何ら不思議なことではない。
花京院は毎日のようにアリーナに顔を出し、上級の相手と戦ったり、花京院に挑んできたチャレンジャーをぶちのめしたり、そうでない時も、観客席で次の対戦相手を研究したりした。
承太郎も、いつもそれに付き合った。
花京院はその日、バイクロプスをノーダメで倒し、とても上機嫌だった。
宿の二人部屋で杖や巻物を整理しながら、鼻歌をふんふん歌っているくらいだ。
「楽しそうだな」
「え、そう見えるかい?そうだな、最近すごく調子がいいんだ。明日の相手はラアルの破壊集大成なんだけど、」
「”ラアルの”!?」
承太郎はつい声を荒らげた。
「大丈夫なのか!?」
ラアルの破壊集大成といえば、中堅の冒険者を数多く塵と化してきた悪名高いモンスターである。
強力な魔法を頭のおかしい速度で撃ちこんでくるのだ。
しかも魔法のバリエーションが豊富で、一つや二つの属性耐性では防ぎきれない。
遠くに見つけたら、回り道をして避けて行くのが一番だと言われているくらいだ。
「大丈夫さ。あいつが危ないのは、テレパシーで感知できないダンジョンでの話だ。アイテムに化けているから、気付かず近寄ってしまう。だが、場所はアリーナだ。出てくるのが”ラアルの”だと分かっているんだから、楽なもんだよ。あいつの攻撃の届かないところから、魔法で撃ちぬいてやればいい」
花京院はそう言って、弓を射るような動作をした。
承太郎はため息を吐いた。
「ん、どうしたんだ承太郎?まだ何か、心配なことでも?」
「なあ花京院」
「なんだい?」
承太郎の目は真剣だった。
「俺とチャンピオンと、どっちが好きだ?」
「……はぁ?」
「言い方を変えよう。”鉄獄”とアリーナ、どっちが楽しい?」
花京院は目をぱちくりさせた。
それから、困ったように少し笑った。
「……ごめんよ、承太郎。もちろん君と”鉄獄”さ。だけど僕ら、今、経験値とアーティファクトを求めて、同じフロアをうろうろしてるだろう」
「そうだな」
「だから、アリーナは新鮮だった。それだけだよ」
「……そうか」
「なあ、承太郎」
花京院はベッドに腰掛けた承太郎の隣に座って、バルログの黒い顔を見上げた。
「僕、明日のラアルの破壊集大成で、アリーナを引退するよ。そしたらこの町のクエストをやって、それから”鉄獄”に戻ろう」
「………そうだな」
承太郎は花京院の髪の中に鼻先を入れ、うなじに軽く口付けた。
それからやっと、笑みを見せた。
「応援してるぜ、チャレンジャーさんよ」