鉄獄より愛をこめて 22F

”まるで億万長者になった気分がする。限度額まで使い込もう。”

承太郎は“鉄獄”に舞い戻った。比較的すぐに次の階層に行ける階段を見つけたが、無視することにした。彼はまだ、このフロアにいるだろう。彼があんなに怒っていた理由は、自分のことを嫌いになったからではなく、むしろその逆なのだ。

承太郎は帽子の感知に注意を払い、一歩一歩ゆっくり歩きながら花京院を探した。やがてテレパシーに、一人のエルフらしき人物が引っかかった。帽子のテレパシーでは大体の種族までしか分からないが、承太郎には確信があった。これだけうまそうなのだ、彼でないわけがない。
承太郎は息を潜めた。それは苦手なことではあったが、彼を再び手に入れるためなら、何だってできると思った。
果たして通路の奥からやってきたのは、緑のクロークに身を包んだハーフエルフ、花京院だった。彼は暗い部屋を見渡して、それから日の光の呪文を唱えた。大きな影が現れて、はっと身を引く。ところがそれが見知ったバルログだと分かり、彼は詰めていた息を吐いた。
「何だ、来たのか。承太郎」
「ああ。会いに来たぜ」
承太郎は大股で花京院に近づいた。花京院はしかめつらを作ったが、逃げることはしなかった。
その彼に手を伸ばして、腕を掴む。それをぐいと引いて、承太郎は自分の胸に彼を抱きとめ、そしてその唇にキスをした。やわ、と唇が開いたので、承太郎は自分の舌を入れた。そして思い切り、噛まれた。
「……いったァ!! どうして噛み付いた僕の歯の方が痛いんだ! 君の舌は鉄か! 解せない!!」
「元気そうでよかったぜ」
「おかげさまでね! 別に僕は、君がいなくたってやっていけるさ。君も、そういうことがしたいなら、誰か他の人を探したらどうだい」
「俺はそういうことをしたいわけじゃあねえ」
承太郎が低い、けれどしっかりした声でそう言ったので、花京院ははっとして承太郎を見上げた。
「お前だから、したいんだ。分かるだろ」
「……僕は怒ってるんだ」
「ああ。俺が悪かった。妙なことぐちぐち考えちまったぜ。もうどうでもいい。お前がしたいことなんざ知るか。俺は俺がしたいことをするだけだ。だからお前は、俺と一緒にいろ」
「…………ものすごい俺様だな!?」
「悪いか」
「あーあー、ムカつくことに僕も同じ気持ちなんだ。仕方ないから一緒にいてやるよ」
「そうか。それは仕方ないな」
承太郎はニヤリと笑った。花京院も同じように笑い返した。そして二人で、また背中合わせ、一緒にダンジョンを進むことにしたのだった。

「一体何を吹きこまれて、あんな馬鹿なことを言い出したんだい?」

「……てめーは、エルフんとこ行かなければ、死すべき定めにあるんだそうだ」
「ハァ!? そんなことで!?」
「そんなことって」
「不老不死の種族の悪いとこだぞ。定命の生き物を哀れんだり下に見たりするの。僕が死にたくないって言うのは、モンスターに殺されることの話をしてるんだぜ。寿命だろうがなんだろうが、もらえるもんはもらっとくよ」
「そんなもんなのか」
「そんなもんだよ」
承太郎はふと、寿命のない自分たちこそ、憐れまれるべき種族なのかもしれない、と思った。