鉄獄より愛をこめて 2F

”それはまさにこれから伝説を作らんとするかのような活力に満ちた姿をしている。”

二人で歩く時は、当然ながら花京院が先頭だった。急に襲ってくるモンスターを防げるのもそうだし、後ろから刺される心配をしなくても済む。それは確かに花京院にとっては少々癪に障る配置ではあったが、地上に出る手段もアイテムもない身にとっては仕方のないことだし、何より彼と一緒に行動すること自体は想像していたより悪くなかった。

何しろこのバルログ、強いのだ。彼の職業はパラディンだった。直接攻撃もできて魔法も使えるタイプだ。パラディンといえば破邪の魔法のイメージが強いが、彼の魔法領域は暗黒だった。うん、分かる。
殴るのも魔法もできる職業では得てして器用貧乏気味になるのが常だが、彼はまったくそんなことはなさそうだった。彼は腕っ節も強く、彼が放つ地獄の矢の魔法は、ヤング・ドラゴンだってあっという間に灰と化した。
唯一の欠点はその体の大きさで、忍び足が下手なのもそうだが、狭い通路で襲われると身動きが取れないのだ。
「ッ君ね、僕がメイジなのを忘れているんじゃあないか? 僕は直接殴られると脆いんだ、距離を取って戦いたいのに、邪魔だよ!」
「てめーこそ邪魔じゃねーか、目の前でうろちょろされると俺が攻撃できねえ。どけ」
「君こそどけよ!」
何か、足元の床が振動しているような気がする。二人ははっとして身構えた。花京院は魔法書を開いてモンスター感知の呪文を口にした。
「……バイブレーション・ハウンドの群れだ。まだ少し離れた場所にいるが、こちらには気が付いていると思う」
花京院は顔をしかめた。バルログも顔をしかめた。ハウンドのたぐいは群れで来るし、足がかなり速い。花京院としては、逃げながら確実に一匹ずつ倒していきたい相手である。だがバルログは、おそらく殺られる前に殺れ戦法で広範囲にダメージの及ぶ魔法を打ち込み、残ったのを斧で片付けたいに違いない。
こうしている間にも、バイブレーション・ハウンドが起こす振動が聞こえてくる。もう、次の角から姿を現す、
「チッ」
バルログは大きく舌打ちすると、片手で花京院の体を抱き上げた。
「う、わっ!?」
バルログの喉がカッと赤く染まり、ついで頬が膨れ。ゴゥッという爆音と炎の塊。
バルログの火炎のブレスはハウンドの群れの真ん中に命中し、やつらはキャンキャン鳴きわめきながら散り散りになった。それでも、その名の通り体を小刻みに震わせながら、ハウンドたちはこちらに向かって走ってくる。
バルログは花京院を肩に乗せたまま斧を振るい始めた。花京院はトゲだらけの体に掴まって、振り落とされないようにするので精一杯だった。

ハウンドが一匹残らず消え去ってしまってから、ようやくバルログは花京院を降ろした。花京院は、バルログの火炎で焼け焦げてしまった上着の端をつまみながらも、

「……ありがとう」
と言った。それを聞いて、バルログの緑の瞳が驚きに見開かれる。
「なんだい?」
「いや、文句を言われるかと思った」
「そりゃあそうさ。僕は荷物じゃないし、足なんかちょっとヒリヒリするし、あんなの僕だって戦えたし。……だけど結果的に、君がハウンドを一掃してくれたわけじゃないか。そのお礼だよ」
そう言うと、バルログは何やらもごもご呟いていたが、ようやく、
「お前、名前は」
と聞いてきた。
「え、名前かい? 花京院だよ。……君は?」
「俺の名は承太郎という」
そうして、やっとお互いの名前を知った二人は、顔を見合わせてふっと笑った。
「君が地上に戻るまでの短い間だけれど、よろしく頼むよ」
「ああ、よろしくな」