鉄獄より愛をこめて 16F

”それと戦うのは諦めてさっさと寝るべきだ。”

ズルはかなり離れたところにある町で、長旅になるだろうと、彼らは多めの食料を持った。

「疲れたらすぐに言えよ」
「そんなにヤワじゃないさ……と言いたいところだが、残念ながら今の僕はかなりヤワだ。悪いけど、休み休みの移動になると思う」
「分かってるぜ」
そうして二人は旅立った。野を越え草原を越え、地図を見ながらズルへと歩を進めた。途中、何人もの冒険者が通ってできた道が、山の麓の森へと続いているのが見えた。あれが、鉄獄だ。
鉄獄の入り口に立つと、うっそうと茂る森の向こうに山の頂が見える。近くには湖もある。いっそのどかですらあるそこにあるのが、多くの冒険者が向かっていっては帰ってこないダンジョンだとは、すぐには信じがたい。けれど今回の目的はそこではない。彼らは森を横目に通り過ぎて歩いた。ズルは大陸から海を渡ったところにある。
彼らは2日をかけて、港町アングウィルに到着した。この町に二人一緒にやってくるのは初めてだ。アルビノのハーフエルフを気遣うバルログという図は、予想通り好奇の目で見られた。そんなもの慣れっこだったから、ふたりとも気にも留めなかったが。
承太郎はまあまあのランクの宿を探して、二人部屋を取った。
「お前の食料、買ってくるか?」
「いや、大丈夫だ」
花京院はふうと一息ついてベッドに腰掛けてから、魔法書をぱらぱらめくって片手を上げ、食糧生成の呪文を唱えた。固形の携帯食のようなものが、ぽとりとベッドの上に落ちる。それを拾い上げて、花京院はふと承太郎を見つめた。
「どうした?」
「いや、君と出会った時のことを思い出して。ちょうどこの魔法を使ったあとで、MPが足りなくてテレポートできなかったんだ」
「そうだったのか。俺の腕の中に現れるから、何事かと思ったぜ」
「ふふ、懐かしいな」
花京院はベッドの上の食料を手に取り、口に運んだ。うまくはないがまずくもない。味気ないというべきか。承太郎も自分のザックから死体を一つ取り出して、その魂を食べた。
「町まで来たわけだし、少し休憩してからズルに行こうぜ。この町の武器屋も見ておきたいしな」
「あ、いいね。僕も書店を見たいな」
二人はベッドをくっつけて、明日を楽しみに眠った。

次の日早くに起き出してきた花京院は、昨日の残りの食料で朝食にした。もぐもぐやっている間に、承太郎が起きてきた。承太郎は一度満腹になるとしばらくそのままなので、朝食はとらないのだ。

二人は支度を整えて、町へと繰り出した。まずは二人とも用事のある防具屋。品揃えは悪くなく、花京院はクロークを一着買った。
それから武器屋。こちらはあまりめぼしいものがなく、承太郎は店主のお勧めに難癖をつけて店を出た。
そしてブラックマーケット。ここは値段こそボッタクリだが、アーティファクトすら並ぶ可能性のある店だ。店主のゴーレムはバルログとハーフエルフを見て片眉を釣り上げたが、金のある客だと分かると笑顔を浮かべて品物を見せた。
これといった装備品はなかったが、帰還のロッドが一本。花京院は予備にとそれを購入した。ちなみに今持っているロッドは元々は承太郎のものであるが、花京院が持ち運んでいる。そっちのほうが効率がいいし。
ブラックマーケットのある路地裏から出て、二人は最後に書店を訪れた。店の扉を開けて中に入ると、店主がヒュウっと口笛を吹く音が聞こえた。そちらへ目を向ければ、一人のアンドロイドがいた。
アンドロイドの片腕は甲冑のようになっており、銀色の顔の上には銀色の髪が天をついていた。ああいうデザインのアンドロイドなんだろうか。それとももしかして、オシャレか。
「悪い悪い。びっくりしたんだよ。バルログと、エルフ? ハーフか? のコンビなんてよ、初めて見るもんだからさ。魔法職か? 何がいる?」
彼の笑顔は人懐っこく、微塵も不快感は湧き上がらなかった。
「僕がメイジで彼はパラディンだ。自然とカオス、あと暗黒の魔法書を見たい」
「オーケー、待ってな」
店主はカウンターから出て本棚を探り始めた。出てきて分かったのだが、彼は車椅子に乗っていた。
「今うちにあんのはこの辺だな」
店主は承太郎と花京院に何冊かの本を差し出した。
「んー、これは持ってる。これもあるな。僕は特に欲しいものがないかなァ。承太郎、君はどうだい?」
「俺はこいつを買うぜ」
「まいどあり!」
「あ、それと」
花京院は承太郎のザックから、先日“山”の奥の方で拾ったトランプの魔法書と生命の魔法書を取り出した。
「これを売りたいんだが」
「ちょいと見せてくれ」
店主は書物を受け取って中を検分し始めた。彼の顔つきは強面といっていいものだったが、くるくるとよく動く目と笑顔で、それを感じさせなかった。
けれどもその笑顔に反して、彼の上半身の動きには隙がない。それに、顔に腕にあちこちに、古傷がいくつも走っている。もしかしたら彼は、引退した冒険者なのかもしれない。
「こいつァ結構なレアアイテムだな。よく手に入ったな」
「二人で“山”をクリアしたもんでな」
「へえ、そいつはすげえ。じゃ、このくらいでどうだ?」
「レアとはいえちょっと高すぎないか?」
「ダンジョンひとつクリアしてきたんだろ? 俺からの祝い金だ」
そう言って店主はウインクした。彼はそういう仕草の似合う男だった。承太郎と花京院は礼を言って、それを受け取ることにした。
「アングウィルにはよく来るのか?」
「いや、久しぶりだ」
「こいつと一緒に来るのは初めてだな」
「道理で見ない顔だと思ったぜ」
「これからズルに行くつもりなんだ。だけどまたアングウィルに来ることがあったら、必ず寄らせてもらうよ」
「そいつは嬉しいぜ」
その時にはきっと、花京院の髪の色は赤、目の色は黄緑に戻っていることだろう。それに驚く店主の顔を想像しながら、二人は笑って店を出た。

それから宿に戻って、海を渡る装備のチェック。それが済んだら、少々早いが気分もいいので、二人で酒場に向かった。

店の一番隅のテーブルに陣取り、酒を二人分、食事を一人分頼む。持って来られた皿に乗っていたのは、大きな魚を焼いてささやかな野菜を添えた料理だった。
「そういえば海が近いんだったな。魚なんて久しぶりだ。うまそうだな。いただくよ」
「おう、俺はまだ満腹だから気にすんな」
「じゃ遠慮無く」
花京院は魚にフォークを突き刺した。少々焦げ付いてはいたがうまい。
「うまいか?」
「なかなかのもんだよ。呪文で生成すればタダだが、やっぱりたまには酒場で食事もしないとな」
「おい、白身ついてんぞ」
「え、どこ?」
「そっちじゃねえ」
承太郎は手を伸ばして、花京院の口の端についている魚の食べかすを取ってやった。ついでに自分の口に運ぶ。確かにホクホクとして、塩を振っただけの簡単な調理法にしてはうまい。新鮮なものだからだろう。
二人とも視線に慣れすぎて、酒場の他の客たちの注目を集めまくっていることに気が付かなかった。実際、噂されている仲に近いわけだし。
近いというのは、大きなバルログが、白くて美しいハーフエルフを囲っているというように考えられることが多いからだ。彼らがお互いを信頼しあっている戦友なのだとは、思いもよらないらしい。まあ彼らは、「白くて美しい」など本人に言おうものなら、容赦しない攻撃魔法が飛んでくるのを知らないのだ。
食事を終え、承太郎と花京院は部屋に戻って眠る準備をした。『そういう気分』になることはあまりないし、もしなったとしたら、それは『うつる』のだ。承太郎は花京院の抜けるように白い肌を何度も撫でてはいたが、それ以上は何もする気はないようだった。
ズルとアングウィルの間にあるのは、海といってもそう大きなものではない。それでもモンスターの出る海に船を出す猛者はいないから、自力で渡らなければならないのだ。
英気を養うため、ろうそくが尽きる前にその火を消し、二人は眠りについた。