鉄獄より愛をこめて 14F

”お互いに共食いしあい、床や空気さえも食べる。”

翌日、少々日が高くなってから目覚めた二人は、気まずそうに見つめ合ったあと、どちらからともなく笑い出した。

「ふふ、別に君とどうなったって、一緒にダンジョンを潜ることに変わりはないわけだ」
「そうだな。『ソロンドール』が待ってるぜ」
彼らはその日、油つぼをすべて売り払い、できた金で食料と薬を多めに買い込んだ。承太郎も倉庫から、自分の食べ物を多めに取り出した。途中でいらないアイテムを鑑定して捨てられるよう、鑑定の杖も持った。
さあ、“山”だ。

途中に出てきた十一首ヒドラに少々苦戦したものの、それ以上は何もなく、彼らは地下49階、下り階段の前にいた。

「行くぜ」
「ああ」
二人は目を合わせて頷きあい、階段を駆け下りた。降りた先は異様に静かだった。………静かすぎる。けれどそれは、『何もない』静かさではなかった。
『いる』。それもたくさん。
承太郎は斧を握りしめた。花京院は彼の陰に隠れ、魔法書を両手持ちした。中指だけで所定のページをめくるテクニックはとっくの昔に身につけている。
空気を切る音。風の音。とても静かなそれ。
「行くよ」
「おう」
花京院は短く息を吸い込み、日の光の呪文を唱えた。ぱ、と部屋が明るくなる。それを合図に、暗がりに隠れていた鳥どもが、一斉に飛びかかってきた。その多くは大鷲である。
花京院がものすごい速さで遠距離攻撃の魔法を放つ。炎、雷、カオスの球。それらは次々と鳥を撃ち落としていった。ギャアギャア鳴きわめきながら、それでも息の根を止められなかった鳥が、承太郎の斧によって首とそれ以外に分かたれた。
そのまま踏み込んで、鷲たちに武器を叩き込む。花京院は二冊の魔法書を器用にパラパラして、鳥たちには攻撃魔法を、承太郎には治癒魔法を飛ばした。
ギイィイ、と、およそ鳥の鳴き声とは思えない声が響き、二人は視線を上へ、はるか上へと向けた。
そこにいたのは。果たしてこれを、大鷲などと呼んでいいものだろうか。大鷲王『ソロンドール』はあまりにも……あまりにも大きかった。大柄な承太郎でさえ、楽にその背に乗れるだろう。
そいつは翼を畳んで地に足をつけていたが、それでも二人は見上げなければならなかった。『ソロンドール』は巨大な丸い目で二人を睨めつけ、その巨体に似合わぬ素早さで爪を鳴らしながら走り寄ってきた。
それからデカく硬いくちばしで、近くにいた方、すなわち承太郎へと攻撃を繰り出した。それを斧でガードする、が、重い攻撃を完全に受け流すことができず、斧を抑えた承太郎の両手がビリビリと震えた。
その間に、花京院が『ソロンドール』の目に向けて魔法を放った。鷲は少し頭を動かしただけで、その額で魔法を受けはしたが、ほとんど堪えていないようだった。
承太郎は一旦後ろに跳んで下がり、斧を体の前で構えたまま、片手で魔法書を開いて暗黒の魔法を撃ち込んだ。『ソロンドール』はそれを物ともせずに、一気に間合いを詰めてくる。それを更に退いて逃げながら、魔法をさまざま唱えた。
『ソロンドール』はバルログを走って追いかけていたが、とうとうしびれを切らして宙に飛び上がった。ダンジョンの淀んだ空気が、巨大な羽根に打ち付けられて疾風と化す。それらは勢いをつけて承太郎を襲い、黒い血を体中から吹き出させた。腕を体の前でクロスさせているものの、その腕に、顔に、腹に、足に無数の切り傷ができる。
それに気をよくした『ソロンドール』は、幾度か同じように翼を振るったあと、承太郎にとどめを刺そうと急降下の体勢をとった。つまり、後方に向かって大きく腹を晒した。
その柔らかい腹と広げた羽根に向かって、大鷲の後ろにショート・テレポートして息を潜めていた花京院が、連続で魔法攻撃を叩き込んだ。
ギィイイイィィン、と鐘の割れるような悲鳴を上げて、『ソロンドール』は地に落ちた。すかさず承太郎が走り寄り、両の目を斧で潰す。花京院も攻撃の手を緩めず、カオスの球を降らせた。
『ソロンドール』が痙攣するだけになって、くちばしがもう動かないのを確認してから、承太郎が首元に近付き、その喉にとどめの一撃を振り下ろした。
こうして彼らは、“山”を制覇した。